今月のワニレポ(今月の気づき)

2009年7月 3日 (金)

Vol.123 『聞きにくいことを、遠慮せずに尋ねる方法』

常連客とは言え、あまり相手のことを知らずに、年数を重ねていることってありますよね。先日セミナー後の懇親会の席で、ある製造業の二代目社長から質問を受けました。

「実は、いま新しく社員を雇うかどうか、迷っているんです。というのも、得意先の今後の受注が上向いてきたら、いまの人員では足りないので雇いたいんです。もし今のままがしばらく続くのなら、利益を圧迫するので、雇う必要がないし。どうすべきでしょうか?」

ここで今後の経済予測の一般論をかざしても意味がないので、わたしは質問を返しました。「主要なお客さんの受注量が増えれば、あなたの会社への発注量も増えるわけですよね?では、その受注量の情報は、リアルタイムで入手できるようになっていますか?」

答えはNOでした。それどころか、毎月お会いしているはずのお客さんとの会話の中に、「今後の受注見込みはどうか?」「増えそうか?減りそうか?それとも横ばいか?」を聞きとることさえないとのこと。理由を尋ねると、その答えにわたしはビックリしました。「なんだか、そんな、こちらの都合で、お客さんの懐具合を探るようなこと、聴いていいんでしょうか?」

それを聞かずに、世間一般のニュースで言われている情報だけで、自社の受注見込みを予測するなんて…。ただ、彼の言い分もわからなくはありません。わたしは再び尋ねました。「『こちらの都合で』と言われたけど、それを聞くことが相手のメリットになる側面はありませんか?」

彼はハッとした顔で答えました。そうです。こちらの興味本位ではなく、相手側のメリットをふまえて尋ねれば失礼にはなりません。たとえば、「今、当社で新しく人を雇うかどうか検討してまして。例えば、もし御社からの発注が増えた場合に、こちらの受け皿が不十分でご迷惑をおかけする、なんてわけにはいきませんので、お尋ねしたいんですが、今後のおよその受注量の見込みについてお聞かせいただけませんか?」というように。

聞きにくいと感じるのは自分の都合で聞くから。相手の都合のために尋ねてみよう。

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2009年6月 1日 (月)

Vol.122 『“売り込み臭”を感じさせる言葉とは?』

セ―ルスレターをメルマガで読んでいると、売れる人と売れない人の差がよくわかります。その1つは、言葉の選び方です。わたし自身、新しい教材を販売するための案内レターを書くときにやってしまうミスは、わたしの“主観”や“思い込み”で書いてしまうこと。たとえば、以前メルマガの案内文にこんな表現を使ったことがありました。

■「このお金のセミナーは、圧倒的なわかりやすさがウリです」

そのとき、パートナーの丹羽に指摘を受けました。
「何を根拠に、“圧倒的なわかりやすさ”なの?和仁さん本人がそれを言っても、読み手はそうは思わないんじゃない?」

その通りなんです。ではこれが、次のような表現になったらどうでしょうか。

■「このお金のセミナーは、実際に高校で授業をして、
    社会人経験のない生徒でも理解できるような言葉を選んで構成した内容です」

こちらはわたしの主観的な思い込みの言葉ではなく、事実を語っています。
そして、「高校生にでも理解できるなら、私でも理解できそうだな」と読み手自身が“勝手に”イメージを膨らませてくれるので、売り込み臭がありません。

このように、何かを伝えたいとき、ついつい思いが先行して、主観的な思い込みで書いてしまいがちですが、それを予防する簡単な方法に気がつきました。それは、“形容詞に頼らない”こと。たとえば、“圧倒的な”“わかりやすい”は形容詞です。

一方、“高校で授業をした”“社会人経験のない生徒でも理解できる”など、具体的な名詞と動詞で表現されていて、形容詞が入っていません。つまり、「面白い」「わかりやすい」「すごい」などの形容詞は便利な言葉ですが、それを多用すると表現が抽象的になって、信憑性が下がってしまうのです。

形容詞に頼らず、伝えたいことを伝えてみる。それだけで、説得力が格段にアップします。ご自身の言葉に説得力を高めたい人は、一度試してみてはいかがでしょうか?

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2009年5月 7日 (木)

Vol.121 『カッコいい定額給付金の使い方って?』

先日、拙著「世界一受けたいお金の授業」の出版記念イベントをおこなった際のこと。高校の生徒からユニークな質問を受けました。
「定額給付金のカッコいい使い方ってありますか?」

このときお話ししたことをシェアしたいと思います。まず、定額給付金の制度については、賛否両論で、会場で問いかけると賛成と反対の割合は3:7ぐらいでした。もっとも、反対で手を上げていた人に、「定額給付金を受け取るのを拒否する人は?」と問いかけると、あっという間に一斉に手を下げていましたが…。わたしももちろん、きっちり受け取ります。
そして受け取る以上は、ポジティブに意味付けをしたいものです。
そもそも、今の不景気はお金が世に出回らないから起こっています。そして、お金が出回るにはきっかけが必要。たとえば、WBCで日本が優勝すると、デパートやスーパーが一斉にキャンペーンを行って、多くの消費者がそれに便乗してお金を使ったように。

定額給付金は、「国民から税金で吸い上げた金を、ただばら撒いても単発的なことにしかならない」という批判の声をよく聞くのですが、見方を変えれば国がわたしたち国民に「お金を使うきっかけを作ってくれた」とも言えませんか。人はきっかけによって、新しい道を踏み出すことができます。例えば、わたしは以前、「お花を生ける」ことに興味がありましたが、先生を探すことからおっくうで踏み出せなかったところ、ある人に誘われて1年も通ったことがあります。それは今振り返れば、良い体験でした。
つまり、自分できっかけをつくることほど難しいものはありません。ほとんどの場合、きっかけは他人が与えてくれるんです。それに乗るかどうかは自分次第ですが。
そこで、わたしの提案は、「自腹だったら使わないはずの、自分の経験を広めることや、身近な人との懇親を深めることに使う」ことです。

■家族や両親、仲間との懇親を深める旅行に行く。
■普段は手が出せない一流フレンチでおしゃれして食事する。
■いずれ行ってみたかったけど、先送りしていた文化的な娯楽(落語、ミュージカル)。
  
あなたはどう使いますか?わたしは、妻とこれから相談して決めようと思っています。

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2009年4月 2日 (木)

Vol.120 『お客さんに罪悪感を持たせない工夫、してる?』

あるイタリアン・レストランでカップルがおいしそうに食事をしながら会話を楽しんでいました。そのときの男性のひと言が、わたしの耳に飛び込んできて、考えさせられるひと言だったんです。

「このくらいの”少なさ”がいいよね」

わたしの発想では、「多ければうれしい」です。なので、「少ないのがいい」という言葉を男性が投げかけ、相手の女性が「そうそう」と共感している風景に、一瞬、違和感を感じたものの、「時代の傾向だな」と、思いなおしました。

「美味しいものをたくさん食べたい」欲求は今も昔もあるけれど、食事と切り離せない関心ごとに、男性はメタボリック、女性はダイエット。それゆえに、美味しいものをいろいろ食べたいけど、1つ1つは少しずつしか食べられない。食べ過ぎると自分を責め、悔いる。そして、エコ志向。食べきれないほど注文して残してしまうことに、後ろめたさを感じる。この店は、そういうお客さんが持つ罪悪感を先取りしているわけですね。

そういえば、わたしがよく行く回転寿司屋さんで、あるときから「シャリ(ご飯)」の量が4分の1ほど減りました。それはわたしにしてみれば、「料金は変わらずシャリを減らして、その分、注文の皿数を増やそうという、店側の魂胆だな」なんて思いましたが、ダイエット意識のある女性には、むしろ好評でした。

「前のシャリの量だと、いろいろ食べたくても食べきれないし、半分くらい残していたけど、それももったいなかったし。このくらいなら一口で食べきれていいわ」その女性はシャリを残すことに対して抱いていた罪悪感から解放される。客も喜び、その分多めに注文をし、売上が増えてお店も喜ぶ。もしこれが「安い値段でおなか一杯にする」ことがウリの店だったら、シャリの量を減らすことは不満を引き起こします。「お客さんが自分の店に何を期待しているのか?」を、ちゃんとつかんでいるからこそできることです。その上で、「何がお客さんに罪悪感を持たせているか?」を考えてみると、そこに改善のヒントがあるかも知れませんよ。

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2009年2月25日 (水)

Vol.119 『その議論は“前提”が間違っていないか?』

ある製造メーカーの業績会議でのこと。不良率を下げることをスローガンに掲げるにあたり、この1年間の不良率とロスの金額が書かれた報告書が参加者に配られました。
それを見ると、1か月あたり何十万円、多い月は百万円を超えるほどのロスが発生していると書かれています。会社の売上規模からすると、これは利益を大幅に圧迫する事態です。
その報告書を見た社長は、みるみる表情が変わっていきました。
「いったい、何をやってんだ!こんなにロスが出ていたら、利益が出るわけがないだろう!」

もっともな話です。現場責任者の工場長は、呟きます。
「いや~、そんなに言うほどはロスはないはずなんですけどね~」

しかし、経理担当者は言い返します。
「いえ、ちゃんと現場から出てきた数字を拾って出しているので、間違いはありません」

会議室の空気が重くなる中、ちょっと気になったわたしは、ある質問を投げかけました。
「この不良によるロスの金額は、“販売額”ベースか“原価”ベースか、どちらですか?」
つまり、「正常につくれていたらこの金額で売れていたはず」という、自社の見込み利益を乗せた“販売額”ベースか、それとも「実際に会社が負担したコスト」つまり原材料や外注費などの原価だけを乗せた“原価”ベースか、どちらですか?と尋ねたのです。

確認していくと、“販売額”ベースでの算出になっていました。たしかに仕事が一杯で、「つくればつくっただけ売れる」ときであれば、“販売額”ベースでの計算でいいでしょう。
しかし、いまは発注量が少なく、受け皿に余裕がある状態。ならば、実質的なロスは原材料と外注費だけなので“原価ベース”ではじき出すべきです。
前提が「仕事量>受け入れ余力」のときと「仕事量<受け入れ余力」のときとでは、考え方がまったく違ってくることを見落としていたわけです。
そこで、前提をそろえて数字をはじき出すと、さほど問題ではないことがわかりました。
危うく、ゴールのない議論を積み重ねてしまうところでした。人によって“前提”が違うことは多い。建設的な議論をしたければ、まずは前提を確認してからにしましょう。

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2009年1月26日 (月)

Vol.118 『点の発想から、面の発想へ。』

昨年1年の間、通常のコンサルティングやセミナーのほかにも、数多くの経営者とお会いしてきました。その中で、この不景気にも関わらず、業績を伸ばし続けている会社 の共通点は何か?を考えていたところ、「もともとあった仕事の橋渡しをするビジネス」が伸びていることに気づきました。

たとえば、名古屋にビルを構える、ピエロを育ててブッキングする会社。デパートの催事などでよくパフォーマンスをする姿を見かけますね。あのようなパフォーマーを育て、エンターテイメントはもちろんのこと、病院に派遣して子どもや老人を励ましたり、企業に出張してサービスについての教育にたずさわったり、と業界の間を橋渡しする仕事をされていて、10年間、ずっと右肩あがりで成長しています。

ほかの例では、出版プロデュース会社。著者と出版社と書店の間に入り、売れる素材を発掘し、それを売れるコンテンツに洗練させ、その分野に強い出版社を仲介し、本が仕上がった後は、書店とも連携してベストセラーになるのを支援する。

いずれも、以前は存在しなかった分野を創出しています。なぜ、そのような発想が持てたのか?推測するに、その理由の1つは、「業界全体を俯瞰して、連携が滞っているところに、スムーズな流れをつくる」発想を経営者が持っていたからだと考えます。つまり、仕事を点として見るのではなく、線、そして面として俯瞰して見ているからこそ、どこに滞りがあるかに気づき、チャンスを見出せたのではないでしょうか。

この点については、わたし自身は、これまで「会社」という社会の中で、社長と社員の連携の滞りにフォーカスしてきました。そして今後の関心の1つは、「学校教育」と「ビジネス」の連携です。その一環として、昨年は都内の女子高で授業を行いました。「知らないが故の漠然とした怖さ」で一歩踏み出せない若者の背中を押してあげたい。
これがビジネスとして成立するかどうかは、これからのチャレンジですが、何か新しい世界が待っているような、ワクワク感を感じています。
今月、いま足を踏み入れているフィールドを、マクロ的に眺めてみてはいかがでしょうか?

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2008年12月26日 (金)

vol.117 『きっかけの訪れを待つ人、自らきっかけをつくる人。』

「急ぎではないけど、いつかはやってみたいことをリストアップしてください」そういわれたら、どんなことを思い浮かべますか?

わたしは「何年も前からやりたいと思っていながら、やらずに過ぎていること」がたくさんあります。部屋に飾れるレベルの絵を描くこと、落語やお笑いライブを観にいくこと、オーケストラのコンサートをCDではなく生で聴くこと、などなど。その一方で、「前からやりたいと思っていて、実際にやれたこと」もあります。自分で料理をして家族に食べさせること、裏庭での家庭菜園、社交ダンス、生け花、陶芸、などです。(いずれも短い時間ではありましたが)

どちらも「やりたいと前から思っていたこと」です。それなのに、やれたこととやれなかったことがありました。その違いは一体何か?やりたい度合の強さか? あるいは、自分にとっての必要性か? いずれもNOです。

よく振り返って考えてみると、その違いは「きっかけがあったかどうか」でした。

もっと正確に言うと、「誰かに声をかけてもらったかどうか」です。「花を習おうよ」「ダンスを習おうよ」「料理を作ってみてよ」と、誰かに背中を押してもらえたことは、やれた。逆に誘われていないことはやっていない。ただそれだけの違いでした。

「なんだか、他人依存的な理由だな」と思いました。でも、そんなものかも知れません。ただでさえ、「やらなきゃいけないこと」が沢山ある中で、「急ぎではないけど、いつかはやってみたいこと」は強制力がない分、先送りしやすい、つまり「きっかけをつくりにくい」からです。理由がわかったら、対策は打ちやすい。はじめの一歩は、「これをやってみたい」と人前で言うこと。そして、人に誘ってもらえる可能性を高めることです。そしてできたら、こちらから人を誘い、自らきっかけをつくる人になれたら素敵ですね。

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2008年12月 1日 (月)

vol.116 『暇が出来たら、筋トレを。』

アメリカ発の世界同時不況の影響は、日本の中小企業にも影響が出ています。直接海外との取引がなくても、自分のお得意先が海外向けに事業展開をしていて、そこの受注減が間接的に減産指令となり、何割もの売上減。そんな話をあちこちで聞くようになりました。一昔前なら、「大企業は大変だろうけど、ウチみたいな零細企業はまだまだ」なんて楽観視していたのが、今は数日後には当事者になる時代ですね。

そんな経済事情だけでなくても、立て続けに仕事が減って大幅な売上減に直面することは、10年以上ビジネスをやっていると、誰もが一度は体験しているのではないでしょうか。わたし自身、今年で事業開始後丸10年となりますが、顧問先の解約があるときは不思議と続くもので、数年ごとに大幅な売上減に直面してきました。

そんなとき、やはりわたしも動揺します。「この先、資金繰りは大丈夫か?」と心配します。「なんとか、延命処置的に、急いで目先の仕事をつくるべきか?」とも考えます。しかし、そこでいったん、立ち止まり、次の質問を自分に投げかけてきました。「忙しかったときにはできなかったことで、時間のとれる今だからこそ、やれることはないだろうか?」

つまり、長期スパンで俯瞰して、「緊急性は低いが重要なこと」を探すのです。実は今年、わたしはそのような状況にあります。だからこそ、ホームページを全面リニューアルしたり、マーケティングの仕組みを整備したり、次の本の準備や先行投資のネタ仕込みをしています。わたしにとって、これらは次の飛躍に備えての筋トレです。野球選手がシーズンオフに合宿で地力をつけるようなものです。

新しいステージにシフトする直前には、空白というか、ためが必要。それを不安と焦りで過ごすのか。それとも、次に来るチャンスに備えて、自力をつける機会ととらえるのか。とらえかた次第で、次の飛躍の大きさがまったく違ってくると信じています。暇が出来たら、筋トレをしましょう。

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2008年11月 1日 (土)

Vol.115 『もっともらしい既成概念を破るのは、経験。』

あるリゾートホテルに家族で遊びにいったときのこと。当時5歳の娘と妻の3人で滞在している間、みんな一緒のときもあれば、子どもに体 験アクティビティを受けさせている間、わたしと妻はとなりのブックカフェでしばしのリフレッシュタイム。家族一緒の時間とひとりの時間をバランスよく楽しみました。

後日ある雑誌でそのホテルのオーナーが「大人のためのファミリーリゾート」のコンセプトで作ったとの記事を読みました。そのコンセプトを決める会議の席で、彼は社員たちに対して次の質問を投げかけたそうです。

「ファミリーで旅行に来た場合、親は滞在中、子どもとずっと一緒にいるのが本当に楽しいのだろうか?

「ファミリー旅行」イコール「家族団らん」。
何も疑わずそう考えていた人にとって、この投げかけは衝撃的だったことでしょう。

わたしは親として、家族と一緒の時間も楽しいが、別行動も大いにアリだと考えていました。
一緒に旅行に行ったら、その間はずっと一緒に行動しなければならない、というのは、型にはまった既成概念ではないでしょうか?実際には、静かなところでホッと一息入れたいときもあるし、自分のペースでウインドウショッピングしたい人もいるでしょう。

また、あえて別行動のひとときがあるからこそ、その引き離された「冷却期間」のうちに愛おしさも募り、あとで再会したときの会話が一層盛り上がることもある。これは夫婦旅行でも同じで、わたしたちは「別行動タイム」を持つようにしていました。

実際に経験してみると、想像とは違うことはたくさんある。そんな一見もっともらしい既成概念は、世の中にたくさんある。その改善を待っている人たちも少なからずいるでしょう。期待と現実の間にギャップがあったとき、そこに宝の山がある。頭で考えるだけじゃなく、いろいろ経験することで、その宝の山を見つけていきたいと思います。

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2008年10月 1日 (水)

Vol.114 『初対面の面談で、すぐにラポールを築く方法。』

クライアント先で、数人の社員さんと個別面談をしていたときのこと。その目的は、社員の悩みや会社への要望を引き出して、改善策を立体的に浮き彫りにすることでした。
ひと通り面談が終了し、議事録をまとめていたときのこと。となりで書記をしていたスタッフがわたしに話しかけてきました。「和仁さんって、初対面の社員から上手に本音を引き出しますよね~。ふつうなら、相手も緊張感や警戒心で、無難な会話で終わりそうな気がするんですが。でも今日、その秘訣がわかりましたよ」

わたしは通常、営業も面談も、事前にゴールは決めておくものの、その最中はほとんど成り行きというか流れに乗って無意識でやっているため、どこに工夫しているのか自覚がありませんでした。そこで、その秘訣とは何かを尋ねてみると、彼の意見はこうでした。

相手が発言した内容の正当性を、とても論理的に裏付けてあげているんですよね」
そう言われて、わたしは自分が営業でもコンサルでも、初期段階にはそれを無意識にやっていることに気づきました。その日、ある経理担当者が「数値データを経営に生かせるよう加工しろ、と社長に指示されているのですが、どうまとめていいかわからないんです」と自信なさげに言われた際のこと。わたしは次のように答えました。
「そうですか。でも、Aさんの気持ち、わかりますよ。一般的に、『経理担当者は数字を扱っているから、会社の数字をちゃんとわかっているはずだ』と思いこんでいる人が多いんですよね。でもね、実は全然関係ないんですよ。なぜなら、経理の人は社長と違って経営をしている訳じゃないので、経営においてどんな数字が必要なのか、知りようがないからです。わたしも、サラリーマンのころは同じでした。だから、そこは開き直って、社長に『どんなアウトプットが欲しいですか?』と直接訊いてみてはどうですか?」

その瞬間から、「あぁ、恥ずかしいことじゃなかったんだ」といいう安心感からか彼の表情は一変し、滑らかに話し始めたのです。本人すらうまく説明できないことを、先取りして論拠づけてあげること。その主張が正しいかどうかは別として、論拠づけられるということは、一理ある証拠。相手が正しいかどうかを裁く前に、そのまま受け入れて論拠づけられるかどうか考えてみると、理解しがたい人の思考パターンに気づけるかも知れませんよ。

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2008年9月29日 (月)

vol.113 『とりあえずフレームを先につくってしまえ!』

今、ホームページを全面リニューアルすべく、原稿書きにエネルギーを注いでいます。こういう仕事は、遅れてもお客さんに迷惑がかかるわけでもないため、気軽に先送りしてしまい、ズルズルと納期が遅れがちです。これに近い例では、中長期のビジネスプランづくり、社内規定の整備、社内マニュアルづくりなども同様でしょう。

そんな「緊急ではないが重要なこと」に手早く取りかかるコツを見つけました。
それは、「とりあえずフレーム(写真の額縁)をつくってしまえ!」です。

わたしの場合、ホームページの製作原稿として、「プロフィール」「セミナー問い合わせ」「ビジョナリーパートナーのコンサル・スタイル」など多岐にわたる原稿執筆に迫られています。どれ1つとっても、1時間以上はかかりそうな作業です。これをまとめてやるのは、大変なことだし、そのようなまとまった時間はなかなか確保できません。なにしろ、緊急性が低いので、ほかに優先したいことがいくらでもあるからです。

そこで、わたしは次のことをしました。まず、ワードを立ち上げ、1行目に「プロフィール」などの見出しを入力し、ファイルに保存名をつけて保存する。そして新しくワードを開いて次は「セミナー問い合わせ」、さらに次は「コンサル・スタイル」というように、次々と見出しだけのファイルをつくっては保存していきます。それらをプリントアウトして、ホチキス綴じして鞄に入れ、移動時間に手書きで書きこんでいけるようにします。不思議なもので、見出しだけ書いてあって本文が真白だと、「何か言葉で埋めたい」気持ちになってきます。その勢いを借りて、手書きでなぐり書きして、あとでパソコンで清書するのです。

実ははじめのとっかかりが最大の壁。なぜなら、もともと避けたい作業なので、無意識で「できるだけ一気につくりあげてしまおう」と欲張りになってしまうからです。しかし、それがかえって精神的負荷となり、はじめの一歩をためらわせる原因にもなるのです。
本文は真白でいいから、見出しだけでも書いてみる。すると意外とスイッチが入って、そのまま1時間ぐらい内容を書き始めてしまうこともあります。そうなればしめたもの。
はじめの一歩を踏み出したければ、入口だけでもつくってしまいましょう。

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2008年8月 1日 (金)

Vol.112 『視点を与えてから、考えさせる。』

部下や後輩が早く育つあなた独自のコツって、ありますか?その人のキャパシティ以上にあれこれ詰め込んでも、結局は右から左に流れてしまうだけで、お互いストレスになってしまいますよね。上司としても、同じことを繰り返し言うのはイライラするもの。

「人に教える人がもっとも学んでいる」と言われるように、エネルギーを一番出している人が成長します。問題を解決するために考え抜くのもエネルギーの放出ですから、それを上司ばかりがやっていると、部下は考え抜くことをサボるので、成長しません。
かと言って、「君はどうすればいいと思う?」と問いかけても、一向に答えは出てこない。本人の中に答えがないのだから、引き出しようがないと落胆する。だったら、「結局はトップダウンで教え込むしかないか」となってしまうのは、あなただけではありません。
本人の中から答えを引き出そうとして、かえって上司がストレスをかかえている状況は、日本のビジネスシーンに浸透してきたコーチングが、間違って解釈された弊害なのかも。
コーチングはあくまで問題解決のツールなので、他のツールと使い分ければいいはず。

そこで部下の成長を促すために、部下自ら建設的に考えさせるコツを紹介します、それは、上司があらかじめ多面的な視点を与えた上で、その具体策を考えさせるのです。
よくある失敗例は、漠然と質問をするから漠然とした答えが返ってくるケース。たいていの部下は一面的にだけ考えて、あらゆる角度から考える視点を持っていません。
たとえば、営業マンが「なぜあのお客さんは買ってくれなかったのか?」と考える際に、「金額が高すぎたのか?」「ほかにキーマンがいたのか?」「そもそも欲しいというモチベーションを引き出していたか?」「タイミングが早すぎたのか?」「最近買い物に失敗して営業マンに不信感を抱いていたのでは?」など、いろいろな視点がありますが、その視点自体が思いつかないのです。だからいつも「金額が高いと言われました」という画一的で進歩のない営業報告をしてくるのではないでしょうか。
はじめの一歩は、1つの問題に対して、複数の視点を上司が紙に書き出して部下に渡す。
部下はその視点の下にアイデアや考察を書き出すというもの。
上司はそれを見ると、どこまでわかっていて、どこがわかっていないのか、部下の頭の中が丸見えになります。これはもう一目瞭然です。一度、トライしてみてください。

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2008年7月 1日 (火)

Vol.111 『行き詰ったら、時間軸で俯瞰する。』

仕事をしていて、「どうも周りが見えていない。ミスや漏れが多くて、周りを振り回してしまっている」「目標を達成できずに毎月がむなしく過ぎていっている」「良いことをやっているはずなのに、なぜか正当に評価されていない」というような閉塞感、行き詰り感に陥ったときの、わたしの打開策をご紹介します。それは、「時間軸で俯瞰する」作戦です。

やり方は簡単です。A4かA3の紙を1枚取り出して、上部に左から右へ1本線を書きます。そして、その線に日付目盛を入れる。そして、その下にやるべきことを時間軸で書き出す。具体例でお話しましょうか。たとえば、印刷会社の営業マンがミスや漏れが多かったとします。彼の仕事は、納品に到達するまでに、デザイン・校正・印刷・製本会社への外注などのプロセスをたどる。しかもそういう案件を1つ2つではなく、何件も抱えている。もしそれを頭の中だけで管理していたら、どうなるでしょう?手帳を見ても、最終納期しか書かれていない。それでは、まだ余裕があると思っていた案件が、フタを空けてみたら、実はすでに納期に間に合わない状況に陥っていた、なんてことになりかねませんね。
そのとき、「時間軸で俯瞰する」作戦です。まず抱えている仕事のスパンを考え、仮に2か月で完結するなら、日付目盛は60日分。縦に60本の線を引き、日付を入れます。そして、納品先ごとに始めから納品までのプロセスをいつ行うか書き入れていく。すると、それを書き終わった時点で気づくはず。「う~ん、思ったよりも、全然余裕がなかったんだ」と。
これは「未来に向けて全体をつかむ」作業です。それによって、「その1つ1つの仕事の重要度・緊急度は?」「それが他の仕事に与える影響は?」「必達期限は?」が視覚化し、直観的につかめるようになるので、結果的に仕事のバランス感覚が磨かれていきます。

一方、「過去からの流れを読んで未来を予測する」場合にも「時間軸で俯瞰する」作戦は有効です。たとえばわたしは最近、次に出すビジネス書を、どんな切り口・テイストにしようか考えるために、過去25年間の会計本のベストセラーの趨勢を時間軸で書きだしてみました。すると、いくつか併存するカテゴリーの発生と終えん、そしてその移り変わりが見えてきます。これも視覚化することで、「この流れはまだ続くのか?」「賞味期限はいつか?」「次の流れは?」がおぼろげながら見えてくるから不思議です。行き詰ったら、その状態を上から俯瞰するかのように紙に書き出してみると、結構、ブレイクスルーが起こりますよ。

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2008年6月 1日 (日)

Vol.110 『考えごとは、“上書き更新”するために書く。』

考えが堂々巡りしてしまって、なかなか解決策がみつけられないとき、どうしたらいいでしょうか?」
セミナーで参加者からそう尋ねられたとき、わたしは次のように答えました。

「その堂々巡りしている考えを紙に書いてみてください」
「書いているうちに、俯瞰して今の状況を眺められ、妙案が浮かぶこともあるから」

でも、彼らがそれを実際にやるかと言うと、ほとんどの人は再び頭の中だけでグルグル考えているようです。わたしにはそれが不思議で仕方がありませんでした。
そこであるとき、同じ状況から抜け出せずにいる人に尋ねてみました。
「なぜ、紙に書こうとしないんですか?」 すると、彼は答えました。
「何を書いていいか、わからないから」

もう少し踏み込んで聴いていくと、彼の本当の答えは、こうでした。
「悩みの答えを書こうとして、それが思い浮かばず、手がとまったままだった」

そのときわたしはハッと気づきました。紙に書くということの定義がこの人とわたしとは違うのだと。彼の発想は、「答えを探して、それを紙に書く」でした。
これでは「紙に書く」ことが「手段」にはならない。この発想を変える必要があります。

わたしの発想は、「紙に何かを書きながら、答えを探す」です。はじめから一発で正解を探し当てようと思うから、はじめの一歩が踏み出せないのです。

あとで何度も「上書き更新」する前提で、今の考えをとりあえず書く。
3日経つと、その3日間の経験を蓄積した自分が「3日前の考え」に対して修正したくなるところが出てくる。そこを上書き更新していく。「あとで上書き更新する」ことを前提にすれば、いくらか肩の力も抜けて、気軽に書き始められるようです。これは、ビジョン設定やプランづくりでも同じことだと思いました。これからは、書きながら考えましょう。

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2008年5月 1日 (木)

Vol.109 『イメージ力UPの公式=対話量×経験量×好奇心』

今でこそ、わたしは「ビジョンを描こう」「理想をイメージしてみよう」と人に言っていますが、ほんの十数年前の社会人になりたての頃は、いくらイメージしようとしても頭の中に映像が浮かぶことはほとんどありませんでした。成功哲学本を読むと、「イメージしたことが現実化する」と言うし、スポーツ同様、本番前にイメージしないと不安で仕方がなかったのですが、どうしてもイメージができない。言い方を変えると、先を読む力がなかったのです。そのため、はじめは無理やり言葉を紡いで、それを自分に思い込ませていたわけで、今思えばわたしの言葉には臨場感や説得力がなかったように思います。

そんなわたしが、「なぜ、今ではさほど苦労もなく先のイメージができるのか?」と振り返ってみました。その答えはずばり、「経験量」の引き出しが増えたからです。でも、はじめは誰もが経験量は少ないものです。そこで今すぐできることは、自分にない経験をした人との対話量を増やすこと。そしてそれらを積み重ねるうちに少しずつ興味がわくものが見つかり、好奇心が開発され、磨かれる。そして、好奇心が経験量を引き上げていく。
つまりイメージ力は、「人との対話量」「経験量」そして「好奇心」の相乗効果で磨かれていくということです。

もともと好奇心旺盛な人は、それを原動力にして人に尋ねたり、調べたり、実践したりとどんどん行動を起こしていけるのでしょうが、誰もがはじめからそうだとは限りません。社会人になりたての頃のわたしのように、はじめは好奇心がそれほど高くない人でも、まずは対話量を増やし、経験を積み重ねていくうちに、気がつくとある分野においては好奇心が高まり、さらに経験したくなる中で、イメージ力は磨かれていくことを知りました。
そして、ひとつの分野で深く掘り下げてイメージできる力が身につくと、不思議とそれは全く関係ない分野のことでも応用できることもあるようです。スポーツの超一流選手が超一流ミュージシャンとの対談でものすごく話がシンクロして盛り上がる場面を見たことがありますが、それは自分の領域でトコトン深掘りして考え抜いて生きている者同士だからこそ、お互いの話が手に取るようにイメージできるからでしょう。
イメージ力を磨くはじめの一歩。対話量を増やすことから始めてみては?

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2008年4月 1日 (火)

Vol.108 『発想がズレてきたと感じたら、現場に戻れ。』

以前、わたしはある新サービスを開発し、それをテスト的に告知してみたことがありました。しかしその反響は、わたしの予想をはるかに超える悪いものでした。
そこでわたしは、立ち止まりました。「ちょっと待てよ」と。何かがおかしいぞ、と。

そして胸に手をあててよ~く考えてみました。すると、その新サービスは対象者となる人たちを想定して考えたつもりでしたが、実際は心の奥底で「自分の売上をつくりたい」というわたしのエゴが支配していたことに気づいたのです。対象となる人たちが、何を求めているのかを皮膚感覚で感じ取ることをすっ飛ばして、頭で考えて「これならイケる」と決めつけていたのです。

経験上、このように自分のエゴをベースに考えたアイデアはほとんどうまくいきません。

「発想がズレてきているんじゃないか?」

そう感じたわたしは、もっと現場と接する機会を増やす決意をしました。
「わたしがお客さんとしてお付き合いしたい人たちは、ふだん何に困っているのか?」
「何をすると喜んでもらえるのか?」
を直接聞く機会を増やすことにしました。いつもお付き合いしているクライアントに限らず、その候補になりそうな人にはなるべくお話を聞くようにしました。講演で招いていただいたら、主催者の悩みを聞いたり、参加者の相談に乗ったりしました。ホームページを通しての問い合わせも、いつもはパートナーに任せることも、わたしが自分で対応してみました。

そのうち、だんだん何をわたしに期待してくれているのかが見えてきました。それは言葉にしてしまえば、元々わたしが以前からやってきたことと何ら変わりないことでした。ただ、わたしが活動の範囲を広げていく中で、本来やるべき軸がぼやけてきつつあったので、その原点に戻るきっかけになりました。そして、わたしはこのときカラダで学びました。
「発想がズレてきたと感じたら、現場に戻れ」
それが再び軌道に乗るための近道のようです。

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2008年3月 1日 (土)

Vol.107 『現場感覚を呼び戻せ。』

気がつくと、1か月の間、毎月決まった人との交流ばかりになっていた、なんてことはありませんか?

気があう人。いちいち説明しなくても、こちらの意図をちゃんとわかってくれる人。好意的に話を聞いてくれる人。わたしはここ最近、そういう人たちに囲まれて日々過ごしていることに気がつきました。

それはそれで快適でいいのですが、営業の最前線で活動している仲間たちと話していると、発想のズレが出ることがあります。たとえば、わたしが何気なくレポートに書いた、あるアイデアに対して、こう言われたことがありました。

「和仁さんはちょっと特殊で、世間の大半の人は、そこまでストイックにやれないよ」
「え~、そうかなあ?やってみれば、そんなに大変なことだとは感じないと思うけど」
「いや、和仁さんは自分を成長させること自体がモチベーションになっているかも知れないけど、普通はちょっと違う。“結果的に成長したい”欲求はあるけど、“成長すること”自体を目的に頑張れるかというと、それはどうだろう?」

そのことをわたしが分かって発信しないと、ごく限られた、和仁同様の「成長オタク」市場だけにしか受け入れられず、読者の共感が得られないことへの警告でした。
わたし自身、まだ36歳でそこまで絞り込む気もありません。もっと柔軟性を身につけなくては…。

そのようなことが重なり、今年はクライアントやいつも会う人たち以外でも、日ごろ接触しない人たちと会う機会を増やそうと考えています。出張講演で各地に呼ばれたときは、講演後は都合さえ合えば、なるべく懇親会にも同席して、参加者の声を聞くようにしたいし、久しぶりに営業的なこともやろうと思っています。わたしの会社も今年で10年目。独立したときの高揚感を思い出し、新しいステージに飛躍するためにも、今年は原点回帰の年にしようと思います。今年もよろしくお願いします。

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2008年2月 1日 (金)

Vol.106 『等身大でいい、と割り切る。』

人からよく思われたい」「高い評価をしてもらいたい」という思いを、わたしはずっと無意識の中に持っていました。そして、それはわたし自身のみならず、わたしの家族や仲間についても同様に、周りの人からよく評価されたい、という気持ちを持っていました。これは、わたしが完璧主義であるが故のことでしょう。しかし、最近になって少しだけ「まぁ、いいか~」と思えるようになってきました。

たとえば、お世話になっている人のところに社員や仲間と挨拶に伺い、食事をごちそうになったとき。今までのわたしは、「目上の人に失礼があってはいけない」と自分はもちろん、常に仲間の言動にも気を配り、正直心ここにあらず、というような面がありました。
身内がどう感じているか、居心地悪いことはないかには目を向けず、目の前の相手がこちらをどう感じているか、ばかり気にしていたのです。それは、わたしの中で「成長のためのストレッチ」と「無理強(じ)い」の境目を見極めるのがむずかしかったからだと思うのです。

これでは、わたしも仲間もリラックスしてその場を楽しむことはできません。きっと彼らは、和仁の顔に泥を塗ってはいけない、という緊張した空気を感じ取ります。あるとき、「これはバランスがおかしい。せっかくその場に同席してくれた仲間が、わたしの犠牲になっているのではないか?」
そう気づきました。それ以来、わたしが心掛けたいと思っていることがあります。

それは、「等身大でいい」ということ。

以前は、「自然体でありたい」と思っていました。でも、自然体って、言葉で言うほど簡単じゃない。「自然体=あるがままの自分を出す」だとすると、よっぽど自分に自信がなけりゃ、できません。でも「等身大」なら無理しなくていいと自分に許可を与えやすくなります。
必要以上に相手にとっての自分への期待を高めてしまうと、それに応えよう、応えなくてはと自分を追い詰められて、息苦しくなります。「等身大でいいじゃないか」そう思うと、変な気負いもなくなり、肩の荷もいくぶん降ろせる感じがします。そうやってハードルをいったん下げた上で、無理なくやれることを増やしていけたらと今は思っています。

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2008年1月 1日 (火)

Vol.105 『【逆算思考】と【今に集中】は車の両輪。』

ビジョンを考えよう。そこから逆算で考えて、今を生きよう。
そんな話をすると、たまにこんなことを言う人がいます。
「あまり先のことばかり考えていると、何も行動しなくなってしまうんじゃないの?それだったら、今のことだけ考えていたほうがいいのでは?」と。
たとえば、
「どうせ旅先の人と仲良くなっても、数日後にはお別れで一生会わないんだから、わざわざ接触しなくてもいいじゃないか」
「いずれこの家も引っ越しするのだから、近所の人とは交流しない」
などなど。たしかに、先を考えることで、消極的な方向に向かっているように見えます。

でも、これらは【逆算思考】とは違います。将来のネガティブな側面にとらわれて、行動にブレーキをかけているだけです。こういう発想で生きていると、今、目の前のことをじっくり味わうことはありません。先の心配ばかりして、何か行動してもそれが無に帰すような無力感。「今この瞬間を幸せに生きよう、そして今後も幸せであろう」という観点が抜け落ちて、【今に集中】していない感じがします。

【逆算思考】とは、いったい何でしょうか?
それは、「こうなりたい」という将来の理想を描いて、そこから今にハシゴを下ろし、「今何をすればそこに到達するか」を考えることです。例えるなら、迷路のゴール(理想)から入口(今)にむかって逆に進んでいき、どう進むと一番スムーズにたどり着くかを知ること。

そして、その道順を知ったあとは、どうするでしょう?そうです。その道順に沿って、道中を楽しみながら、ゴールに向かいますね。道順を知っているからこそ、安心して今を楽しめるのです。【逆算思考】は、余計な不安や迷いを解消し、今目の前のことを心おきなく楽しむためにすること。つまり、【逆算思考】と【今に集中】は車の両輪です。

たった一度しかない人生を、いかに楽しむか。いかに充実した人生をつくりあげるか。 その秘訣が【逆算思考】であり【今に集中】することだとわたしは考えています。

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2007年12月 1日 (土)

Vol.104 『休暇への罪悪感の解消法』

働き者で、根がマジメであるために、ときに無理をしすぎて体を壊したり、精神的に参ってしまう人は、周りにいませんか?わたしの周りにはそういうイケイケの方が多く、先月は何人もそういうケースを目の当たりにしました。そういう人は、結果的に病気で倒れたり、生活はできたとしても仕事に集中できなかったりしています。

「病気で3日間も仕事を休むハメになるぐらいなら、前もって休暇をとってカラダを休ませておけば、もっとその3日間を有意義に使えただろうに」
と言う人もいます。もっともな話ではありますが、当人にとってみれば、このアドバイスはナンセンス。なぜなら当人は「この程度はまだ耐えられる範疇だ」「ここで休んでいる場合じゃない」と信じている上に、休むきっかけがつかめないからです。過去にもっと大変な状況にも耐えられた経験があったりすると、なおさら頑張ってしまいます。何を隠そう、わたし自身、休みを取ることに対して大きな抵抗感を抱いていた張本人でした。
そんなわたしも今では休むことへのある種の「罪悪感」から解放され、積極的に休みを取り、緩急おりまぜた快適なライフペースをつかめるようになりました。

イケイケの人にとっての、休暇への罪悪感の解消法、それは、休暇に積極的な意味を見出すことです。根がマジメで休めない人は「休暇=さぼり」「休暇は時間が空いたらとるもの」と無意識に認識しています。わたしは今ではこれを逆転させて、「休暇=アウトプットに備えてインプットする時間」「休暇はご褒美として予め確保するもの」と決めています。

例えば「来週の月曜日は丸1日、誰にも会わずに自分のためだけに時間を使おう」と決めると、映画にアロママッサージ、読書、カフェで漫画を読み倒すなど、時間があったらやりたいことはいくらでもあります。そして、実際に休暇をとれたらスケジュール帳に「休暇」マークを書き込み、月末にその数を数えます。日頃、ハードに働いているからこそ、ココロにもカラダにも、遊びが必要。それを注入するときが休暇です。今では「休暇」マークが多い月末は「自分にちゃんとご褒美をあげた1か月だったなあ」とうれしくなります。
時間のスパンを3年、10年と長く引き伸ばして今の状況を眺めてみると、そんなに焦る必要はないことに気づくかも知れません。

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2007年11月 1日 (木)

Vol.103 『野菜を家庭菜園でつくるのは、得か損か?』

昨年から自宅の裏庭にミニ畑をつくり、秋から冬は大根、ニンジン、春菊、小松菜、春から夏はナス、枝豆、スナップエンドウ、シソなどをつくってみました。先日ある人がこんなことを言っていました。
「自宅で野菜をつくるなんて、絶対にコストに合わない。スーパーで買えば、キュウリは1本25円、大根は1本100円で買えるんだ。こんなに安く野菜をつくるなんて、素人にできる芸当じゃないよ」

たしかに、家庭菜園をするには、土(培養土)や肥料、種などを買わなければいけません。それだけで和仁家では年間1万円以上掛かりました。今、1万円分の野菜をスーパーで買おうと思ったら、3人家族にとっては相当な量になるでしょう。
しかもはじめての場合、クワや手袋、バケツ、スコップなどの初期費用も必要になります。その上、種まきから収穫までに投入する肉体労働時間まで考えると、たしかに家庭菜園で野菜をつくるのは「割に合わない」という結論になりそうです。

しかし、本当にそうなんでしょうか?これを、「仕事」ととらえると、たしかにモノ余りの現代であれば、スーパーで買ったほうが早くて安くてラクに違いない。しかし、わたしはこれを「仕事」ではなく、「レジャー」ととらえているので、まったく違う考えを持っています。レジャーとは、映画やショッピング、旅行、スポーツジムでのトレーニングなどと同列扱いの「時間消費活動」です。家庭菜園で1年間に使ったコスト1万円は、休日に遊園地に遊びにいけば1日で使ってしまう金額。1年通して考えれば、家庭菜園をしている間、土づくりや種まきなど菜園のケアに時間を消費して楽しんでいる日数分、お金は手元に残ります。それだけですでに収支トントン以上です。しかも、自分たちで育てて収穫した野菜は愛着がわき、腐らせたくありません。その結果、和仁家では外食を避けて、自宅で食事をとる割合が増えました。したがって、お金は手元に残ります。その「外食予算が減った差額分」は、黒字です。その上、自分たちで手をかけて育てた野菜をつかった料理は、理屈抜きに美味しく感じます。娘も喜んでニンジンを生で食べていました。つまり、仕事としてとらえたら赤字になることが、レジャーとしてとらえたらずいぶん黒字になることだってあるわけです。
損得勘定は常識にとらわれず、マクロ発想でしたいものだと思いました。

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2007年10月 1日 (月)

Vol.102 『仕事の見つけ方は、2つ。』

セミナーの参加者からこんな質問を受けました。「自分が使命感を持ってやれる仕事は何かを探しているのですが、見つける上でのアドバイスをいただけませんか?」
今すでに仕事をしているとはいえ、それが自分にとって本当にやりたいことなのかどうか疑問を払拭できずにいる人は、少なくないようです。今回は、それを見出すはじめの一歩として、わたしの考えをお話ししますね。まず、仕事には2種類あります。

  • 人が困っていることを解決してあげること(医者、建築会社、飲食店、農業など)
  • 人の人生をより豊かにしてあげること(俳優、芸人、スポーツ選手など)

後者②は、基本的に好きなこと、やりたいことを仕事にして報酬を受け取っているわけで、ある意味、とっても恵まれた人たちとも言えます。その代わり、この道で食べていこうと思うと、途方もない倍率を勝ち上がっていかねばならず、極めて困難な道に見えます。
そこでお勧めは、前者①の観点で仕事を選ぶことです。ただ「人が困っていること」といってもあまりに広範囲にわたって存在します。その中で、どうやって絞り込むか?
わたしの場合、「それまでの人生の中で困ったこと、苦しんだことにフォーカスし、それを乗り越えたプロセス」を仕事にしました。わたしはサラリーマン時代に、お金の流れのメカニズムを理解し、社内のコミュニケーションギャップを解消し、生産性の高い時間の使い方をする必要性に迫られていました。そのときは毎日が苦痛で大変な日々でしたが、後になってみれば、それは独立後に自分の資産価値を高めるための仕込みだったことがわかります。

社会人経験のある大人であれば、きっとそれまでの人生の中にヒントは潜んでいます。そして、①の視点で「人が困っていることを解決してあげる」仕事が決まったら、次に②の視点で「お客さんの人生をより豊かにしてあげる」ために、どんな切り口、アプローチでそのサービスを提供すればいいか、を考えるのです。困ったことだけを対象にしていたら、「問題が解決した瞬間に自分も用無し」となりますが、「お客さんの人生をより豊かにしてあげる」という点においては、際限がなく、どこまでも関係性を続けていけます。わたしはそのような道筋でコンサルタントという【問題解決業】を、ビジョナリーパートナーという【ワクワクする夢の実現支援サービス】に昇華しました。あなたが使命感を持てる仕事は何ですか?

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2007年9月 1日 (土)

Vol.101 『手帳術や時間管理に走る前に・・・』

わたしはいつも時間に追われている感じがしていて、時間管理や手帳術を学びたいと思っているんですが・・・」という相談をたまに受けることがあります。
以前のわたしなら、そのような相談があると、いきなり自分の手帳を開いて見せ、これでもかとばかりに熱心に具体的にアドバイスをしていました。
しかし、そのときわたしの手帳を初めて見た人が口にする第一声は「うわっ、緻密ですね~」「よくここまでやりますねぇ」「僕には絶対にできないなぁ」そして中には、「ここまでくると、クレイジーですね」などなど。考えてみればそれも当然で、10年以上かけて少しずつ積み重ねていったことの集大成を、いきなりドーンと見せられても、見せられた方が困ってしまうというもの。(相手をビックリさせる目的ならそれもありですが)

そしてわたしは気づきました。時間管理も手帳術も、その人のステージと目的によって負荷もスピード感も違って当然であると。わたし自身過去を振り返ってみると、次のような変化がありました。
手帳術を習得しはじめの頃は、「連絡漏れやうっかりミス、予定のすっぽかしが多いので、そのような失敗を防げるようになりたい(第1段階)」が動機でした。それがクリアされてくると次に、
今よりもっとスピーディーに仕事をこなせるようになって、早く家に帰れるようになりたい(第2段階)」と思うようになりました。
やがてそれも実現できるようになったとき、さらに上のレベルを欲求するようになりました。
仕事のレベルをさらに引き上げつつ、並行して複数の仕事をこなせるようになりたい(第3段階)」そして、さらには、
ビジネスとプライベートのバランスが取れるようになりたい(第4段階)」となり、最終的には「部下などに効果的な時間や手帳の活用術を教えてあげたい(第5段階)」となりました。第1段階にいる人に、第3段階の話をしても受け取るキャパシティがないので、混乱させてしまいます。また、第2段階の人に第4段階の話をしても、「プライベートだなんて、悠長なこと言っていられません!」と反発されてしまうかも。時間管理や手帳術を習得したい人がまずはじめにすべきこと、それは、自分がどの段階にいるかを知ること。あなたは、今、どの段階にいますか?

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2007年8月 1日 (水)

Vol.100 『あなたのおかげで100回、続きました。』

先月のワニレポで「長く続けるコツ」についてお話しましたが、気がつくとこのワニレポも今月で100回目を迎えることになりました。
独立した年の5月から毎月書き溜めていったので、これで100ヶ月、8年ちょっとが経ったことになります。これも、こうやって読んでいただくあなたの存在があってこそ、です。いつも、ありがとうございます。
今回は「はじめの一歩」の大切さについて、わたしの体験をお話ししたいと思います。

このワニレポは、元々はわたしのクライアントに日頃感じていることや気づいたことを読んでいただこう、という主旨で書き始めました。月末の請求書に同封して届けていました。

その後、2年ぐらいしてから、ホームページを立ち上げる際に、「せっかくだからクライアント以外にも、ホームページを訪れてくれた人にも読んでもらおう」と思い、ネットで公開することにしました。

そして、3年分が書き溜まったところで、カタチのある本としてまとめてみたくなり、「せっかくやるなら楽しくやろう!」という本を自費出版し、アマゾンでも販売しはじめました。

それからしばらく経ち、わたしが通っている歯科医師の院長がその本を読んで、歯科専門の出版社の編集長に紹介してくださったご縁で、わたしの処女作「キャッシュフロー経営って?」が歯科医院向けに出版されることになりました。

同時に、ビジネス系のメルマガがブームになった頃に「せっかくだから、ワニレポもメルマガとして発行しよう」と思い立ち、現在まで月2回、「今月の気づき」と「今月の一冊から」を配信するようになりました。

「はじめの一歩」は、クライアントに自分の考え方や気づいたことを伝えたかった思いから。 それを行動に移し、続けていく中で、予想もしない展開が起こりえると思うと、ワクワクしてきます。これからも、勇気をもって「はじめの一歩」を踏み出し続けたいと思います。

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2007年7月 1日 (日)

Vol.99 『継続のコツは、始まりにあり。』

長く続けること、得意ですか?先日知人に「何かを長く継続するコツってなんでしょうか?」と質問をされました。振り返ると、わたしは、何かを長い間続けることはさほ ど苦手ではないようで、長年にわたって継続してきたことはいくつかあります。
たとえば、前向きな経営者の集まりである「わにかい」は今年で12年目になります。学生時代から続けている少林寺拳法は17年目。このワニレポは独立当初から毎月続けているので、8年以上になります。その他、特定の勉強会やサロンには毎月通い始めて5~6年になるし、ちょっと前は、英語でセミナーをやる、ということで、コツコツその準備をしていたこともありました。
わたしは、その知人に逆に尋ねてみました。「どうして長く続かないのですか?」「なんだか、だんだん自分の中でマンネリ化して、すぐに飽きちゃうんですよね。いつの間にか、それを続ける意味が見出せなくなったり。そういう人は多いと思うんですが・・・。」つまり、「マンネリ化して飽きる」ことと「それを続ける意味が消滅する」ことが続かない理由らしいのです。

なんとなくやり始めたことでは、長く続かせるほうが難しいものです。そこで、わたしは継続する前提で何かを始める場合、入り口で必ずあることを考えます。それは、「これを続けたら、どんなご褒美があるか?」です。それをできる限りリストアップして、それが手に入ったときのことを想像するのです。たとえば、社会人になって少林寺拳法を続けようと思ったのは、「若々しい肉体をキープできる」「身体をつかってコミュニケーションのヒントが得られる」「趣味を聞かれたら、『少林寺拳法三段で現役です』と見栄を張れる」などと連想したからです。所詮1ヶ月に1度、道場に顔を出す程度ですが、細くとも長く続けば、全くやめてしまった場合と比べて、10年もすれば相当の差がつきます。
そんなわけで、「おぉ~、こうなったら儲けもんだなあ」とニヤニヤできたらスタートです。もっとも、はじめに考えすぎると身動きできなくなるタイプの人なら、とりあえずやってみればいいと思うんです。1年もやれば、どんなご褒美が得られるか見当がつきます。1ヶ月に1つ新しいコトを始めれば、1年後には12個のプロジェクトを手がけていることになる。考えてから始めるか、始めてから考えるか。どちらにせよ、マンネリ化する前に、「続けることによって得られるご褒美」をいくつも見つけ出すことがコツだと思っています。

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2007年6月 1日 (金)

Vol.98 『1分、10分、30分、60分でできること。』

時間を大切にしよう、ということを、一般論で終わらせず、もう一歩踏み込んで考えたいときにお勧めのワークがあります。梅谷忠洋先生から教わったことで、「1分あったらできること」を紙に書き出し、同じく「10分」「30分」「60分」というように書き出していくものです。

1分の集合体が10分であり、それが集まって30分、60分というまとまった時間になるわけで、「自分はその時間をどのように使っているか?」と振り返ってみようと思いました。
そこで、遊び感覚で紙に「1分あったらできること」「10分あったら」「30分」「60分」と書き出し、そこにそれぞれの時間でやることを書き出してみました。

<1分あったらできること>
・アイデアをポストイットにメモする、仮作成のレジメに目を通す、手帳に目を通し今日1日のイメージング、外の景色を眺めながら深呼吸をする、etc

<10分あったらできること>
・メールをラフチェックする、ビジョナリープランに目を通す、本を速読、雑誌や新聞をラフ読み、企画のラフ案に加筆する、etc

<30分あったらできること>
・レポートや本を手書きでラフ執筆、メールチェックする、企画をノートにマインドマップでビジュアル化する、クライアント先の準備、自宅近辺のウォーキング、etc

<60分あったらできること>
・人と面談や電話面談、ミーティング、会議、セミナーテキストの作成、レポートや本のタイピングや編集、カフェで妻とお茶をする、etc

書き出していて、ある特徴があることに気づきました。それは、1分あると「これからのある目的に備えての状態づくり」ができる。10分あると、「ちょっとしたプラスαの補助業務」ができる。30分あると、「自分1人で完結するひとまとまりの仕事」ができる。そして、60分あると「人との関わること」ができる、ということでした。このことに気づいたとき、「今あるこの時間をどのような位置付けで使おうか?」明瞭に考える基軸を手にしたのです。ちょっとした隙間時間の使い方が変わってきます。よろしければ、お試しを。

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2007年5月 1日 (火)

Vol.97 『人と人の間に入るときのスタンス。』

多くの人と仕事をしていると、人に人を紹介していく中で、その両者の間に立たされる場面がでてきます。その両者の関係がうまくいっているときはいいのですが、人が一緒に仕事をしていれば、行き違いや誤解、衝突は必ず起こるものだと思います。

・わたし(和仁)が紹介した人との相性が合わなかったと申し出られる。
・わたしとも共通の知人であるAさんとBさんが一緒に仕事をしてきたが、AさんがBさんとの間にスタンスのズレを感じ始めて怒り心頭、関係を解消したいと言い出した。
・AさんとBさんが衝突を繰り返すうちに、ついに限界。双方から相談を持ちかけられた。

いずれも「あイタタ・・・。どうしようかな!?」と戸惑う場面です。「良い紹介にならなかったみたいで、ごめんね」とか「それは残念だったね」で済む程度のことならいいのですが、AさんとBさんがわたしにとって今後も関係が続くような間柄で、いい関係でいてもらいたい場合、なんとか関係を修復するなり、少なくとも感情的なわだかまりは解消してもらいたいものです。とくに、会社や組合、団体のトップに立つ人などは、そのような仲裁の場面に直面しやすいのでは?訴訟事ではないので、法律や判例に照らして判断するわけにもいきません。そんなとき、あなたなら仲裁者としてどのように立ち振る舞いますか?

わたしはこのような立ち回りを担うことが、度々あるのですが、そのたびに意識していることが1つあります。それは、「第三者としてのわたし自身の意見をまず明確にする」ということです。当事者でないわたしには、本当のことはわかりません。よって、わたしとAさんとの付き合い、わたしとBさんとの付き合いの経験の中から、今回の問題の原因について推測するしかありません。そしてそれを見極めたあとに、それをわたし自身の言葉でしかるべき相手に状況をフィードバックし、問題解決の糸口を探り始めます。ここでわたしにとって重要になるのは、わたしがAさんのこともBさんのことも、ある程度どのような言動をするかの推察ができるぐらいの深い付き合いである、ということ。そうでなければ、本音のフィードバックはしようがないからです。よって、とくにビジネスにおいてはわたしは表面的にしか知らない人や商品を安易に紹介しないようにしています。人と人の間に入るとき、わたしが結構慎重派である理由としては、そのような背景もあるからなのです。

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2007年4月 1日 (日)

Vol.96 『画家のつもりで景色を見ると、見え方が変わる。』

先日、美術館に行ったときに、絵を楽しく観るためのコツを発見をしました。そもそも芸術に疎いわたしは、画家の歴史も、技法も、何も知りません。したがって、美術館に行っても、何をどう観ていいのか、さっぱりわからず途方にくれるばかりでした。

ところが、あるときからわたしなりに美術館に行くことが好きになり、近所の美術館でイベントがあれば妻と足を運び、旅行先で美術館があればそこに立ち寄るようになりました。一体、なぜそのような変化があったのか?それは、次の体験をしてからでした。

美術館には、大抵ギフトショップが併設されています。あるとき、わたしは旅行先で美術館を巡り終えると、そのギフトショップで絵画の写真集とスケッチブック、色鉛筆を買いました。そして、ホテルに戻ってしばしの休憩時間に、写真集を見ながら模写をはじめたのです。

はじめは、見慣れた絵がいいと思い、ダビンチのモナリザと、ダリの記憶の固執(柔らかい時計)を描きました。それぞれ30分ずつ。
するとどうでしょう。それまで、無機質に感じていて、なんの視点も持っていなかったその絵に、愛着が湧いてきたのです。しかも、スケッチをしながら「なぜ、ここはこんな色になっているんだろう?」「あぁ、よく観るとモナリザって薄い布をかぶっていたんだ」などと、いろいろ気がつきます。そして、そのとき発見したのです。

「そうか、絵を楽しもうと思ったら、絵に関心を持てばいい。そのためには、その絵を自分が描くつもりで観ればいいんだ」と。実際、スケッチするつもりで絵を観ると、見え方がまったく違うことに気づきます。今度、試してみてくださいね。

オリンピック種目に、器械体操があります。これは日本ではマイナーで、どう楽しむかがなかなか伝わりにくいスポーツでもあります。わたしはかつて器械体操をやっていたので、体操の試合を見るのは好きですが、もし経験がなければ、きっと観ていてもよくわからないだろうな、と思います。自分が体験するからこそ、観る楽しみが深くなる。
これは、趣味でも仕事でも、同じことだな、と思いました。

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2007年3月 1日 (木)

Vol.95 『その原動力は、「恐れ」か「欲求」か?』

「心構えを前向きにしよう」と思いつつも、イマイチそれができずにいること、ありませんか?たとえば営業や接客、コンサルティングのように人と接する仕事の場合、自分の心の状態が相手にダイレクトに伝わります。そのため、こちらが後ろ向きな心の状態では、伝わるはずの価値も伝わりません。
「でも、どうやって心を前向きにしたらいいんだろう?いまだって前向きになろうとしているつもりなんだけど、なんとなくネガティブな感じがするんだよなあ」
そんなときに、気持ちを切り替えるちょっとしたコツをご紹介しますね。
それは、その仕事をする原動力が、「恐れ」によるものなのか、それとも「欲求」によるものなのか、を観察するのです。

わたしがかつて独立間もない頃、好きではじめたコンサルティングであったとは言え、「恐れ」の感情のほうがはるかに大きかったものでした。「価値を感じてもらえなかったらどうしよう?」「契約を解除されたらどうしよう?」「クレームが来たら、嫌だなあ」そんな不安がわたしの行動を突き動かしていた面がありました。
それから数年が経ち、それなりの経験を積み、毎年1歳ずつ歳を重ね、クライアントとの信頼関係も上乗せされているはずなのに、やはりその「恐れ」がわたしの心を突き動かしていました。その「恐れ」は、サービスレベルを高めたり、向上心につながる「危機感」を生み出す、という点では良いことだと思います。しかし、これも程度の問題。たとえば、お客さんがちゃんと喜んでくれているのに、こちらが必要以上に不安や恐れを抱いていたら、それって取り越し苦労というか、精神衛生上、イヤ~なストレスですよね。
そんなあるとき、発想を切り替えてみたのです。
「そういえば、もともとこの仕事は好きではじめたんだ。どんな欲求を僕は持っていたんだろうか?」その答えは、「クライアントの力になりたい。どんなことができるだろうか?」「クライアントを喜ばせたい。どうしたら喜んでもらえるだろうか?」ということでした。
そして、このように、「欲求」に意識を集中させると、自然と心構えが前向きになっていくことに気づきました。心が前向きなとき、仕事が楽しく感じられます。楽しいことをやろうとするとき、カラダの緊張・こわばりがとれて、リラックスします。そして、心身ともによい仕事ができる状態が整うのです。恐れと欲求のバランス、とれていますか?

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2007年2月 1日 (木)

Vol.94 『自分がやりたいことを、理想の「あり方」でやる』

先日、知人と「身近な人とのコミュニケーションを円滑にするには」ということを話していたときに、衝撃的なフィードバックを受け、気づきがありました。

娘が生まれてからここ数年、わたしにとって「ビジネスと家庭をいかに両立させるか?」というのが関心の高いテーマです。というのも、わたしは頭がビジネスモードに占領され、家庭とのパイプが細くなりやすいからです。

いままで、「家族と一緒に旅行に行く」「娘を風呂に入れてやる」「保育園に送り迎えをする」などのDoing(すること)レベルで、わたしなりに努力をしていました。
でも、それだけでは根本的な対策にはならないことがわかりました。もちろん、そういう時間をとらないよりはとったほうがいいのでしょうが、本質的にはBeing(あり方)レベルを変える必要があると思ったのです。わたしの場合、家族と一緒にいる時間をそれなりにつくっているつもりでした。しかし、実際にはわたしの頭はやはりビジネスモードに占領されていて、心ここにあらず。一見、「家族と今ここに、一緒にいる」ようで、実はそうではなかったと気づいたのです。それで、どうやったら「今ここに家族と一緒にいられるか」を考えている、という話をしたところ、知人は言いました。

「和仁さんは、適切な“あり方”であるために何かをやろう、と考えているようですが、 それだけだと、何かが欠落しているような気がします」

え?どういう意味?
「『家族と今、一緒にいるために、何かをする』のではなくて、『家族と今、一緒にいながら、やりたいことを楽しむ』じゃないですか?手段と目的が逆になりかけていませんか?」

なんだか、卵が先か鶏が先か、あるいは禅問答のような感じがしましたが、少し時間がたつとなんとなくそれが腑に落ちてきました。家族関係をよくするために旅行に行くのではなく、大好きな旅行を楽しむ際に、家族の父親として夫としての理想の“あり方”でそれをする、ということ。自分の得意分野ではないフィールドにおいては、目的と手段が逆転しそうになる自分にハッと気がつきました。当分の間、これはわたしのテーマになりそうです。

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2007年1月 1日 (月)

Vol.93 『“わかっちゃいるけど、できないこともある”ことを理解してあげることも、ときには必要』

2人の幼い子供がいる知人の奥さんがこんなことを言っていました。「うちの上の子、ときどき制御不能になって、親に対して汚い言葉をつかうので、つい私も反応して“あんたなんか、キライだわ!”とか言っちゃうことがあるんです。それで“ママなんか、だいっきらい!”なんて憎たらしい顔で言うものだから、私もまたそれに反応して“●●(下の子)のほうがかわいいわ”なんて言ったりして。これ、最悪ですよね。わかってはいるんですよ・・・」

どうすればよいのか頭ではわかっちゃいる。けど、その通りに実行することができない。そういうことって、ありますよね。いままでのわたしは、目の前の人がそのような状況のとき、「解決してあげよう」と、つい反応的にコーチングをしていました。これは、日ごろ人から相談を受けることが多いわたしにとって、職業病の1つです。しかし、それが時として本人にとってはハタ迷惑だったりするんです。
どんなときにハタ迷惑になるかというと、そのことを頭ではわかっているんだけど、「感情」が邪魔して、できないとき。その場合、説得したり、教え諭すことは逆効果になります。

「余計なお世話だ。私だって、そんなことは言われなくても、わかってるんだ」
「別にアドバイスを求めているわけじゃないのに、偉そうに言わないでもらいたい」

と怒りの感情が湧いてきて、その矛先がこちらに向かってきたりします。
あるいは、生真面目な人だと、それができないことを、自分でも許せなくなり、精神的に不健康になることも。なまじ、わたし自身がやれてしまうようなことだと、「こんなの、簡単じゃん!」とばかりに相手に提案(要求)しがちですが、それが相手を助けるどころか、に苦痛を与えてしまったり。そして、わたしは最近こんな気づきを得ました。

「今の時点では、きっとそうすることが、その人のベストなんだろう。頭でわかっていることが、本当にできるようになるには、時間が解決してくれる(ある程度の時間が必要)。人生のある時点においては『わかっちゃいるけど、できない』こともあるものなんだろう」

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2006年12月 1日 (金)

Vol.92 『情報の洪水に飲み込まれない方法』

情報があまりにも早く大量に迫ってきたとき、どうやって処理しますか?わたしは、不得意な分野、苦手なテーマについて知人から話をふられたり、研究しなければならないとき、頭がフリーズすることがよくあります。なじみのない「未知」情報が多すぎて、脳が受付けられないようです。そのような状況で新聞や雑誌を読んでも、必要な情報がスムーズに入ってきません。これは、たとえばまだ経営の経験がなく、これから起業しようとしている人が、何から学んだらいいのか、と戸惑う状態と似ています。本屋に行けば、参考になりそうなビジネス書はたくさんあるものの、どれから手をつけていいか、わからないのです。

そんなときに、情報を受け取る「器」をつくるための簡単な方法に気づきました。それは、「情報のシャワーを浴びる前に、自分なりのシンプルな意見を先にもつ」ことです。たとえば、「子どもの教育」について、親としてどんな考え方を持つか。絶対的な正解はそもそも存在しないわけですから、人それぞれ意見は違います。わたしは今は「育つ環境を整えてあげる」という意見を持っています。強制的に何かをやらせるのではなく、「何に興味を持つか、人に愛される性格に育っているか、心の状態はどうか」そんなところを見ながら、どんな環境をどのタイミングで与えてあげるといいか、を考えたいと思っています。そのシンプルな意見をもった途端、子育てや教育に関する情報を読んだ際に情報に振り回されることが少なくなった気がします。

以前のわたしは、何かを研究しなければならないとき、何も考えず、とにかく関連する資料を集めて読み込んでいくやり方をしていました。そうすると、理解が深まる前にその情報に圧倒され、自信がなくなり、依存的になり、結果、自分では判断できない、なんてことになりがちでした。しかし、自分の意見を先にもつと、それと比較することで判断ができ、理解が進みやすくなるのです。仮に最初の自分の意見が的外れであったとしても、それは問題ではありません。あくまで自分の中でひそかに持っている意見なので、誰にも迷惑はかけないのですから。そして、違和感に気づいたときに、意見は自由に変えればいいのです。間違っていてもいいので、とりあえず意見をもってみると、新聞の読み方も変わります。政治について、健康について、環境について、趣味について。自分なりのシンプルな意見、もってみてはいかがでしょうか。

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2006年11月 1日 (水)

Vol.91 『価値は、伝える努力をしなければ伝わらない』

 先日、わたしが家族と一緒になじみの公園にいったときのこと。その公園は緑に囲まれて、自然のキレイなわたしのお気に入りのエリアです。その入り口の一角に、木の塀に囲まれたバラ園があります。これが以前から、気になっていました。というのも、そこはさほど広いわけでもないのに入場料が300円かかり、その入場料を払う人以外には外からバラが見えないように木の塀で囲ってあって、「もったいぶっている」ように感じさせるからです。むしろ、その一角が背の高い塀に囲まれていることで、視界を遮られて公園全体の見晴らしを邪魔しているとすら感じ、「どうにかならないものか」と思っていました。

そんな中、「でも一度、中に入ってみよう」と思い立ち、ちょうど草花に囲まれて本を読みたい気分でもあったので、入場料を払って1時間ほど中にいました。
園内では、きれいなバラやその他の植物が手入れが行き届いていて、決して損をした気分にはなりませんでした。むしろこれだけ多く(500本ぐらいらしい)のバラを育て、景観を保つためには相当な人件費や肥料などコストが掛かっているはず。また、お店は母親と息子で運営しているようですが、朴訥として見るからに人のよさそうな印象。そして実際に中に入ってみたわたしとしては、300円の入場料は安いと思えました。
ただし、それはわたしが中に入ったから、そう思えただけ。
もう一度、外に出て入り口の表示を見ると、こう書いてあります。
「バラ園の入場料は、300円いただきます」
う~ん、言葉足らずだ・・・。もったいない。これがもし、
「わたしたちはこの公園に来ていただいたみなさんに、常に色鮮やかで美しいバラや植物を楽しんでいただくために十分な肥料と手を加え、景観の維持に努めています。外からご覧いただくこともできますが、中に入っていただくと、バラの香りと色彩を間近にお楽しみいただけます。その際には今後もこのバラ園を維持し続けて行くために300円を入園料としていただきますが、ご協力をお願いします」
という主旨のことが掛かれていたら、受け止め方はまた違うでしょう。また、中を見せないための木の塀も取っ払ったほうが、中の良さが伝わるので、「これなら300円ぐらい払ってもいいから入ってみよう」という人も増えるでしょう。宝の持ち腐れはつまらない。せっかく持っている価値は伝える努力をしなければ伝わらない。それを実感した1日でした。

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2006年10月 1日 (日)

Vol.90 『“お客さんが必要としていること”と、“わたしに期待していること”は、わけて考える』

 お客さんが必要としていることは何か?何に困っているのか?」それを考え抜いた先に、商品やサービスの種がある。営業のときも、それをきちんとわかっていなければ、的確なトークができない。よく、そういう話、聞きますよね?たしかにそうなんですが、同時にもう1つだけ考えておきたいことがあります。それは、「お客さんがわたし(の会社)に期待していることは何か?」という問いの答えです。

たとえば、わたしは本やレポートなどの執筆業務をする仕事柄、よく肩や首筋、肩甲骨のあたりが凝ります。したがって、「コリのない、ラクラクな身体と精神状態」が必要で、これを満たすために、複数の人(お店)に助けを求めます。

1つは、身体の構造や氣、整体、その他の専門技術を持つボディコーディネーターのお店。もう1つは、アロマオイルを使って、香りとマッサージで癒しとくつろぎ、ラグジュアリー感を味わうアロママッサージのお店。どちらも、「コリのない、ラクラクな身体と精神状態」を手に入れるために行く点は同じなのですが、わたしが期待していることは微妙に違います。

アロママッサージのお店は、わたしにとって非日常の気分転換と自分へのご褒美です。したがって、技術のほかに接客態度や空間の雰囲気、BGMなどの環境の演出が重要になります。

ボディコーディネーターのお店は、身体の使い方についての気づきと再教育が目的です。したがって、ここでは環境の演出よりは、わたしの身体に対する理解と、先手を打ったアドバイスに期待する比重が大きくなります。このとき、サービス提供者は「自分に期待していることは何か?」をきちんとわかってサービスの改善をしていかないと、ピンボケな方向に努力してしまうかも。ときには、直接お客さんに尋ねてみるのも手かも知れませんね。

わたしの場合、クライアントが必要としていることは「立場の違いからくる社内のコミュニケーションのミゾを解消したい」「ドンブリで漠然とした不安を解消したい」で、わたしに期待してくださることは、「その間に入ってギャップを埋めること」「先の見通しをわかりやすくビジュアル化すること」だと思っています。しかし、これも時間とともに移り変わっていくもの。ときどき、クライアントに何を期待されているか、尋ねてみようと思います。

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2006年9月 1日 (金)

Vol.89 『怖くなったら、集中できる環境をつくれ』

  日々の生活の中で、気持ちがアップダウンすることはありませんか?しばらく気分がいい状態が続いていたと思ったら、ほんのちょっとした出来事がきっかけで、気分がブルーになり、それがしばらく続いてしまったり。

先日、経営アドバイザーの梅谷忠洋先生が講演で次のようなことを言われたのですが、思わず「そうか!」とパ~っと視界が開けた思いがしたのです。

「気が散ったときに、人は恐怖心が出てくるものだ。つまり、何か不安や恐怖に支配されたら、それは自分の気が散っている証拠だと思えばいい」

不安や恐怖心とは、「私はこんなことをやっていて、いいんだろうか?」「自分はやるべきことを、やっていないんじゃないだろうか?」「この先、一体どうなっていくのだろうか?」という思いのことです。不安を解消しようとすると、そこに意識を向けてしまって、なかなか解消できないことがあります。私は不安や恐怖心がよぎったとき、ポジティブな講演CDを聴いたり、身体を動かしたり、いろいろやっていたのですが、そこに「いかにして集中した状態をつくるか」という選択肢を加えました。すると、結構スムーズにモードの切り替えができるのです。

「すぐに集中できる環境をつくるには?」という質問を投げかけると、いろいろと思いつくことがあります。

たまっているメールを一気に返信する。制限時間を決めて。

  • 将来の理想を描いたビジョナリーマップに目を通す。数分間で、ただ見るだけ。
  • 手帳を広げて、今日以降の予定を全部書く。すでに書いてあるものもあるが、新たに加わった予定を全て書き記す。
  • その上で、今日やるべきことを確認する。そして、今日やること以外は(今日は考えなくていいのだから)一切無視する。
  • さらに、「今日はこれだけやればよい」という許可を自分に与える(これが重要)。

あなたは、集中できる環境をつくるために、何ができますか?

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2006年8月 1日 (火)

Vol.88 『相談をしにきた人の言葉は、疑って聞け』

  経営者が集まって意見交換をする会に参加したときのこと。その会の趣旨として、「相談者の悩みについて、各自がそれぞれの視点からアイデアを出して、その悩みの解決に協力してあげよう」というものでした。私は通常、コンサルティングやセミナー講師の立場でそういう相談を受けることが多いのですが、そのときは一参加者として、その場にいました。相談者が悩みを告白すると、参加者が矢継ぎ早にいろいろな角度から意見を述べ合います。そのとき私は2つのことを思いました。

1つは「みんな、どんどんアイデアを出していって、頭がいいなあ」という賞賛の気持ち。もう1つは、「相談者からのたったあれだけの限られた情報から、果たして的確なアドバイスができるものなんだろうか?もっと質問が必要では?」という疑問でした。

たとえば、ある飲食店の社長が「今の3倍の価格のコースメニューをつくりたいが、どんな中身の、どのようなシーンにおけるメニューをつくればいいだろうか?」という相談をしました。彼の言葉を間に受けると、そのメニューの内容のアイデアを出して欲しい、と言っているように聞こえます。ところが、もう少し質問をしていくと本当は別のところにカギがありました。それは、「それを推し進めた結果、待ち受けているであろう漠然とした不安感」が行動を躊躇させていた、ということです。

そこで、何が行動を躊躇させているのかを質問していったところ、3つ原因がありました。それは、「ちゃんとお客さんが期待している要求を聞き取れるだろうか?」というヒアリング力の不安、「いただいた要求にちゃんと応えられるのだろうか?」という対応力への不安、そして「そのメニューを実際にお出ししたときに不満を訴えられたらどう対処するか?」というフォローの仕方への不安でした。

しかし、何が不安なのかがはっきりすれば、それぞれについて具体的に対処を打ちやすくなります。そして不安を解消する道筋がイメージできれば、あとは躊躇なく、前向きなアイデアを出していけます。つまり、この人にとっての真の相談内容は「3倍のコースメニューをつくる上での3つの不安への打開策のアイデアが欲しい」だったのです。単に言葉だけを聞くのではなく、本質的に何に困っているのかを想像して聞くことが大切だと改めて気づかされました。

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2006年7月 1日 (土)

Vol.87 『プラスのビジョンを描けないうちは、マイナスをゼロにする目標を描いてみる』

 ビジョン、すなわち「こうなったら最高だなあ」という理想の状態を描こうと思っても、なかなかできないという人がいます。私はコンサルティングやセミナーの中で、そのような人がどうすればビジョンを描いて、希望を抱きながら人生や仕事に取り組めるかをアドバイスしています。私の知人で右脳開発コーチの寺下和也さんとそのあたりのことを話していたところ、非常にユニークな視点を披露してくれました。多少、私の脚色がはいっていますが、それは次のような話でした。

「世の中にはプラスのビジョンを描ける人がいる一方で、うまく描けない人(描くことを放棄している人)がいる。人生の大切な目的が魂の成長であるとするなら、天はどちらにも成長を促すためにチャレンジを与える。ただ、プラスのビジョンを描ける人には、そのビジョンに到達するための前向きなチャレンジがやってくる。しかし、描けない人には、その人をマイナスの状況に陥れるような大変な出来事が訪れる。つまり、必然的にそれを克服せざるを得ない状況としてマイナスをゼロに戻すための後ろ向きなチャレンジがやってくる。同じチャレンジするのだったら、前向きなプラスのチャレンジをしたいですよね」

私はこの考え方に賛成です。だからこそ、せっかくの人生なんだから、ビジョンを描いてプラスのチャレンジをしましょうよ、と言いたいのです。そう言うと、ビジョンを描くことを放棄していた人でも「やってみようか」という気になるようです。

ただそれでも、真剣に考えても、なかなか目標を設定することができない、という人もいます。そのような人には「今、自分でマイナスだと思っていることをゼロの位置まで引き上げる目標を設定してみてはどうですか?」とお伝えしています。

たとえば、散らかった部屋のガラクタを整理して快適な環境をつくる、適正体重に戻すためにダイエットをする、借金をすべて返済する、など、いろいろみつかりそうです。

やりたいことが見つからない人は、自分が欲するものが見つからないわけです。そこで、すでに見えているところで「目標設定→チャレンジ→達成」の蓄積をしていくことで、徐々に自信がついて、欲も出て、プラスのビジョンを描けるようになると思います。

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2006年6月 1日 (木)

Vol.86 『情報公開が早ければ進化、遅れればリスク』

 暴露ニュースが連日、途切れることがありません。これは政治も企業も芸能界もどの業界にも当てはまります。その様子をよく見ていると、ある傾向があることに気づきました。それは、「情報公開が早ければ進化、遅れればリスクになる」ということです。下世話なところでは、たとえば一国の総理大臣や大企業の社長が離婚していたとする。それを総理大臣になる前、あるいは大企業の社長になる前からオープンにしていれば、後でそのことを誰もとやかくいいません。むしろ、時期遅れにそれを騒ぎ立てようものなら、その人は「え、今さら何を言っているの?」と逆に呆れられてしまうでしょう。また早めに公言していれば、周りの協力で再婚のチャンスも得られるかも知れません。

仕事でミスをした場合も同じです。早い段階で勇気をふり絞って上司に報告した人は、その場で痛い目にあっても、それを挽回する方法を上司から学ぶチャンスが得られます。また、二度と同じ失敗を繰り返さないための覚悟を持つでしょう。つまり、ミスを報告したその日から成長が始まります。ところがそのミスを隠したままプロジェクトが進行していくと、取り返しのつかない状態でミスが発覚し、その人は大きなリスクを負うことになります。

また、たとえば発明や著作物にも同じことが言えます。気づいたノウハウをタイムリーに公表していくと、その都度周りから賛否両論のフィードバックを受けます。それらは受け止め方によってはすべて改善のヒントです。一方、誰にも公表せずにひとりで抱え込んで仕事をした場合は自分で気づく範囲しか改善案は見出せません。その場合、情報を開示している人と一人で抱え込んでいる人とでは、1年後に出来上がる作品の完成度は雲泥の差になっているはずです。なぜなら、タイムリーに公開しながら著作物を作っている人は、何人もの知恵をその作品に投入していることになるからです。ソフト開発の世界でも、最近はオープンソースと言って虎の子の開発情報を開示して、その利便性や発展性を高めることを重視する傾向があるようです。それは一見、開発者の存在価値が薄まることのように見えますが、実は逆なのだと思います。独り占めしていると、時代の流れとズレていることに気づかず、そのまま陳腐化してしまうリスクもあるのです。また、致命的な欠陥があっても、それに気づくチャンスを逸してしまいます。私はこのことを、本を執筆していてつくづく感じます。

あなたにも、積極的に情報開示することで発展を加速させられることはありませんか?

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2006年5月 1日 (月)

Vol.85 『約束を守るシステムはあるか?』

 開業して、今年で8年目になりました。クライアントや仲間、友人、家族など周りに支えられ、おかげさまでここまでやってこれました。本当にありがたいことに、今までのところ、計画通り、ときには計画以上の早さで経過しています。先日、ある人から「和仁さんが順調に計画通りに成長してこられた秘訣は何ですか?」と尋ねられました。

1つ大きな要素としてあげられること。それは、「約束を守るシステム」を持っていたことだと思います。約束には「人との約束」と「自分との約束」があります。そのどちらも、キッチリ守るという意思と、それを行動に起こすためのシステムが必要です。

ときどき根性論で、「約束は守る」と言って、実際にはあっさりとそれを破る人を見かけます。本人には悪気はないのですが、つい忘れてしまうようです。とくにお酒の席などでする小さな約束事ほど、安請け合いするだけで、そのまま忘れ去られてしまいます。まあ、1日の中で発生する約束事の多さを考えると、それも仕方がないのかも知れません。

しかし、ちょっとしたコツで、そんな小さな約束すら守れるようになります。そして、小さな約束をキッチリ守っていくと、相手は「この人は、なんてキッチリした、義理がたい人だ。小さな約束でもこれだけちゃんとやってくれるんだから、大きな仕事も任せられるのではないか」という評価をしてくれるのです。つまり、人との信頼関係を築く上で、小さな約束ほど重要だということです。

では、私が日頃実践している「約束を守るシステム」をご紹介しましょう。

・胸ポケットに、ポストイットとペンを常に入れておく
・人と会話をしていて、約束事が発生したら、その場で即ポストイットにメモする
・そのメモしたポストイットをその日のうちに、スケジュール帳に貼り直す

これだけです。たとえば「こんどの福岡出張の際に、柚子胡椒を買ってきますよ」と約束したら、その出張の日のページにそのポストイット・メモを貼っておけば、忘れません。

ただし、前提としてスケジュール帳を毎日開く習慣がない人は、まずはそこから、ですね。

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2006年4月 1日 (土)

Vol.84 『今、置かれている立場、わかってる?』

 ニュースでいろいろな事件が取りざたされる中、その事件の内容そのものの悪質性よりも、それが周りに与える影響力ゆえに大きな罰が与えられているケースが目につきます。

上場企業が粉飾スレスレの決算処理をした。未成年の芸能人がお酒を飲んだ。法律を守らなかった点については罰せられて当然でしょう。しかし、もし名もない零細企業や普通の学生がこのようなことをした場合、それほどまでに罰せられなかったりします。理不尽ですよね。これは一体なぜでしょうか?それは、周りに与える影響力が違うからです。このことは、私たちが成長・発展していくプロセスで、自覚すべき重要なことだと思います。

コンサルタントという仕事は、自分の発言が相手に相応の重みを与えることを自覚する必要があります。私自身、かつて、お酒の席で冗談半分で盛り上がったときのひと言が、実はクライアントを傷つけていたことがありました。あるいは、会議の場でその企画に関わる経営陣の名前を呼ぶときに、1人だけ呼び忘れたことで、その本人に「存在を軽く見られた」とショックを与えてしまったこともありました。悪気は全くないのですが、うかつでした。

私がサラリーマンの頃は、同じことがあっても、大して問題にはなりませんでした。それは、そのときは立場が軽く、私の発言がさほど重みを持たなかったからかも知れません。自分の内面ではその頃と同じ感覚でいるのですが、とりまく環境や置かれている立場はそのときとは明らかに違っていたりするのです。「気がついたら、大変なことになっていた」と冷や汗をかかずに済むよう、そのことにまず自分が気づいておきたいものです。

家族の中では親として。会社の中では社長として。集まりの中では、講師あるいは専門家として。会のリーダーとして。ちょっと立ち止まって、自分に問い掛けてみます。

「今、自分が置かれている立場、わかってる?」

人も会社も、急成長すると、その変化を本人は実感できにくいものです。だからこそ、小さなアラームを聞き逃してはいけない。小さな失敗、小さなクレーム。それを「歪みが起っているアラーム」と捉えて、自分や会社をチェックしてみる。すると、「ああ、スピードが速すぎたのか」「自分のことばかり考えて、周りのことを考える配慮がなくなっていたなあ」など、いろいろ気づきます。小さなアラームを聞き逃さない感性、持ちたいものです。

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2006年2月 1日 (水)

Vol.82 『調子が悪いときは、良かったときを思い出して平均化してみる』

今の調子が良くないと、「私の人生はず~っと良くない。これからもこれが続くんじゃないか?」みたいに、悲観的に思い込んでしまうことはありませんか?

調子の悪い日が、たった1週間続いただけでも、当事者にとっては長く感じます。そのため、まるで何年も続いているような錯覚を起こすことがあります。

そんなときに、私が工夫していることがあります。それは、スパンを伸ばして振り返ってみること。手帳を取り出して、思い起こしてみます。

・ 2ヶ月前はどうだっただろうか?
・ 6ヶ月前はどうだっただろうか?
・ 1年前はどうだっただろうか?

そこまでスパンを引き伸ばしてさかのぼってみると、きっと調子が良かったときもあったはず。良いときも悪いときも、ある一定のサイクルで起っているはず。でも、記録に残していないから、良かったことは忘れてしまい、悪かったことばかり思い出されてしまうのです。
その結果が冒頭の「私の人生はず~っと良くない。これからもこれが続くんじゃないか?」につながります。
調子が悪いときには、悪いことにフォーカスしているので、結果的にそういうものばかり引き寄せてしまいます。冷や汗をかきながらクレーム対応をしている最中にパソコンがクラッシュしたり、そんな余裕がないときに限って社員が辞表を提出してきたり。

調子が悪いと思ったときに、まずやるべきことは、「調子が良かったときもあることを思い出す」こと。そして、良いときと悪いときの両方を見て、平均化してみること。
自分なりにやるべきことをやっていれば、「時間が解決してくれる」と信じて、バタバタしない。精神状態を健康に保つ1つのコツです。

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2006年1月 1日 (日)

Vol.81 『価値をきちんと伝える工夫、していますか?』

先日、妻と温泉旅館で夕食をいただいていたときのこと。テーブルの傍らに当日の夕食のメニューが毛筆で書かれた1枚の紙がおいてありました。妻は料理を食べるとき、そのメニュー名を1つ1つ確認しながら食べていました。
「へぇ、このソースには柚子が入っているんだ」
「あれ、この食感、なんだろう?あぁ、山芋がはいっていたんだ!」
なんて話しながら食べると会話も弾むし、また時折料理をはこんできてくれる仲居さんにも話を振ったりして、その食事のひとときが一層たのしいものになったりします。

また別の日に、妻の誕生日のお祝いで、あるホテルで豪華な食事を楽しんだときのこと。コースメニューなので次々に料理が運ばれてくるのですが、その内容について全く説明がありませんでした。そして、メニューの紙もありません。サーブしてくれるスタッフに尋ねれば答えてくれるのでしょうが、わざわざ聞くのもわずらわしいため、それが何かもわからず食べることになりました。

もちろん、それが肉か魚かぐらいわかりますし、サラダの中に何が入っているかも見ればわかります。でも、明らかに手の込んだ料理なのだから、きっと隠し味とか、産地にこだわっているとか、何か工夫をこらしたところがあるはずです。しかしながら、それも伝えなければ伝わりません。当たり前ですが。

ただ、こんな勘違いな対応の例もあります。先日、友人と会話を楽しんでいたときのこと。料理をサーブしてくれるウエイトレスが、全く我々の空気を読まずに会話をさえぎってまで料理の説明を長々としたのです。私たちはその度に話の流れを中断させられ、うっとおしく感じました。何が問題かというと、そこに「さりげなさ」がなかったのです。

人は自分が選んだモノやサービスがいかに良いモノだったかを再確認したいもの。だからこそ、その価値を十分に伝えることはお店の都合としてもお客さんの喜び感を高める上でも、とても重要なことです。ただ大切なのは、それを「いかにさりげなくやるか」。そこに、今提供しているモノやサービスの価値を本当の意味で高める鍵があるような気がします。

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2005年12月 1日 (木)

Vol.80 『目的に合わせて気分を変える場所を持つ』

「気分を変えて、リフレッシュしたい!」そんなとき、どうしていますか?
私が手っ取り早く行なう方法は「場所を変える」ことです。
人は何かをするときに、そのときに味わっている感情とその場所は知らず知らずのうちに結びついています。

たとえば、ひさしぶりに実家に帰り、自分が卒業した学校の通学路を通ると、学生時代の記憶がフラッシュバックでよみがえったりします。一瞬にして、なつかしさやその当時の受験勉強や部活動で頑張っていたときの感覚が身体を包み込むことがあります。

私の妻や娘は、どこかに出かけると「まだ、家には帰りたくない」と言ったりします。
「じゃあ、どこに行きたい?」と尋ねても、とくに希望があるわけではない。要するに、自宅以外のところにいたいのです。それは、私自身も同様に感じることがあります。

それは、一体なぜでしょうか?
なにも、自宅が狭くて居心地が悪いから、ということではありません。
「非日常の気分」をもっと味わっていたい、ということなのです。

妻は家にいると「家事」を連想します。
私は家と事務所がつながっているので、家にいると「仕事」を連想します。
娘は・・・!?(厳しくしつけられていることを連想するのかな?そうでもないけど)

そういうわけで、私は「味わいたい気分(感情)にあわせて、ふさわしい場所をいくつかキープしています。執筆するときは頭を静めるために近くの中国茶のカフェへ。本を読んだり仕事の整理を集中してやりたいときは近所のオープンカフェへ。知人や友人とゆったりゴージャスに時間を過ごしたいときは名古屋駅の某シティホテルのラウンジへ。仕事が立て込んで精神的な余裕が無くなってきたら八ヶ岳のなじみのホテルとカフェへ。
そして、行き先のオーナーやスタッフが顔を覚えてくれたとき、その居心地は一層心地良いものになります。欲しい気分を味あわせてくれる場所、いくつ持っていますか?

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2005年11月 1日 (火)

Vol.79 『 チームで仕事をすることの本当の価値とは?』

「チ―ム」で仕事をする人は、今も昔もたくさんいます。ビジネスの世界はもちろんのこと、例えば芸能界でも、人気ロックバンドは「チーム」です。一見、「一番人気のあるメインボーカルがソロでやったほうが自由も利くし、分け前も増えるので得なんじゃないか?」とも思えるのですが、なぜかバンドとして活躍しています。
では、チームとして仕事をするのと1人で仕事をするのとでは、どのような違いがあるのでしょうか?ビジネスにおいては、たとえば次の答えが思い浮かびます。
「お互いが持っている各自の専門分野の知識を出し合えるので、アイデアが膨らみやすい」「売るのが好きな人、作るのが好きな人、人前で話すのが好きな人、それぞれの得意なことに専念し、苦手なことはそれが得意な人に任せることができて、効率が上がる」
以前の私は、それぐらいにしか思っていませんでした。しかし、これらは「チーム」で仕事をすることの真の価値ではないと、ある出来事で気づきました。それは、ヒッチハイクです。

以前、私はある研修の課題で、ヒッチハイクで静岡から大阪まで向かうというチャレンジをしました。それは、1人でもグループでも良いとのことだったので、私は仲間と3人でチームを組みました。そして高速道路のサービスエリアで、大の大人が3人で、見知らぬ人に「車に乗せてって欲しい」とお願いするのです。理屈で考えたら、物騒な今のご時世に、そんなリスクのある申し出を受けてくれる人がいるとは思えません。また、3人を途中で乗せるということは、5人以上乗れる車に2人以下で運転している人でなければ物理的に無理です。そうやって理屈で考えると、「むしろ1人で動いたほうが、相手も警戒せずに乗せてくれる可能性が高いんじゃないか」と思いませんか?

しかし、結論として3人でチームを組んでチャレンジしたのは正解でした。なぜなら、ヒッチハイクは簡単にOKが出るものではありません。何度も断られます。もし1人でやっていたら、10回も断られれば途中で挫折していたかも知れません。しかし、3人で動いていると、自然発生的に精神衛生面の役割分担が出来てきて、誰かが落ち込むと誰かがフォローし合えるのです。いくら能力が高くても、知識があっても、体力があっても、心が折れたらお終いです。良いときは喜びを分かち合え、辛いときは支えあえる。そこにチームの良さがあることを、そのとき実感として学びました。

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2005年10月 1日 (土)

Vol.78 『 何と何を組み合わせれば文化になるか?』

 以前、あるきっかけでゴルフのグリーンに出る機会がありました。しかし、私はもともと球技が苦手な上にほとんど練習をしていません。前日に少し教えてもらった程度。そのため、そのゲームは周りに迷惑をかけながら肩身の狭い思いをしたものです。
その大変な思いをしている一方で、ふと思いました。「このゴルフという遊びは、いつから出来たのだろうか?」「どうやって発展してきたのだろうか?」「行って帰ってきて、3~5万円は掛かるというが、なぜ皆そんなにお金を払うのか?」

そして、気が付きました。これは、決してゴルフそのものに5万円を支払っているわけではない、と。つまり、純粋にゴルフを行なうことに加え、「自然の見晴らしと空気を楽しむ」「カートで移動できる」「ゴルフ後にスパで汗を流す」「食事をしながら一杯飲む」などを全てひっくるめてゴルフだということです。それらが全てパッケージされて「ゴルフ=5万円」なわけです。

もし食事が出なかったどうでしょう?自然のかけらもないコンクリート・ジャングルの中だったら?汗だくの状態でシャワーを浴びることができなかったら?どれが欠けていても、価格は大きく下がってしまうことでしょう。

そう考えると、「ゴルフというスポーツ」にこれらの要素を組み合わせて「ゴルフという文化」をつくった人はすごいなあ、と思えてきます。ほかにも似たようなものはいろいろあります。たとえば私が今、習っている社交ダンスのスクールで、年に1回、ダンスパーティーがあります。ここでは、半日を使ってシティホテルで豪華な食事、競技選手のダンスのお披露目、参加者同士のダンスタイムなどが組み合わさって3万円弱の参加料を払います。ホテルで食事をするだけなら1万円もあれば美味しいものをいただけます。すべてが組み合わさって、優雅で非日常なひとときを味わえるから、3万円以上の価値を感じるのです。
何と何を組み合わせると、1+1が3にも4にもなって、人が喜んでお金を払うようなエンターテイメントに昇華されるのか。そして、さらには新しい文化をいかに創り上げるか。今ある文化は過去に誰かがつくってくれたものばかりです。ならば、未来の文化は今の自分がつくれる可能性があるはず。自分の身近な周りのことで、一度考えてみたいものです。

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2005年9月 1日 (木)

Vol.77 『たった1割の前進でも、認めよう。』

完璧主義者にありがちなケースとして、「中途半端な状態が許せない」ということがあります。何を隠そう、私もその1人です。これは一見、よいことのように見えるかも知れません。常にベストを尽くす、最高の状態を目指す、ということですからね。
しかし、何かを始めようとする際に、この思考パターンが邪魔をすることもあるのです。

たとえば引越し後に資料の整理整頓をするとき。私は引越しして1年以上も経つのに、未だにダンボールに入ったままの資料が何箱もあります。ということは、「それは必要ないモノなんじゃないか」とも言えますが、本当は棚に整理して、気軽に閲覧できる環境さえ整えられたら、もっと活用すると私は思っています。

では、なぜその整理に着手しないのか、というと、いきなり完成した状態を目指したくなってしまうからです。そうは言っても、それは1時間や2時間では終わりません。まとまった時間が必要になります。それを一度に確保するのが難しいとなると、何日かに分けて行なえばいいのでしょうが、心のどこかで「一気にやってしまいたい」と思っているのです。すると、いつになっても「一気にやってしまえる日程」を確保できず、1年も経ってしまうわけです。でも、これって「何もしていない」ということですよね。

また、新しいことを学ぶときも同じです。私がかつて財務知識を習得するのが苦手だった頃、セミナーに参加しても、自分が理解できないことがあると、それだけでストレスでした。そして、その原因をセミナー講師のせいにしてみたりして。でも、その講師も私のためだけに話しているわけじゃないので、どんなに優秀なセミナー講師でも、私を完璧に理解させることは、もともと難しいのです。そこでセミナーが終了した後、「ああ、やっぱりわからなかった」と未完了感だけが残るのです。でも冷静に考えれば、100%理解できなかったわけじゃなく、5割ぐらいは理解できているのです。どんなに控えめに見ても、1割は前進しているのです。それなのに、理解できなかった9割のほうにばかり焦点を当てて、得られたことに気づかなかったのです。しかし、あるとき、こんな人生はつまらないと思いました。
たった1割の前進でも、いいじゃないか。10回積み重ねれば10割だ。そう自分を認めてあげると、心がすっとラクになる感じがします。1割の前進、認めてあげていますか?

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2005年8月 1日 (月)

Vol.76 『暇が続くと、ロクなことを考えない。』

今年の4月頃、私にとって、6年半前に独立して以来、極めてめずらしい、初めての体験をしました。それは、「毎週、土日に家族と過ごしていた」ということです。言い換えれば、「土日に1つも仕事がなかった」ともいえます。ここ数年、土日に休みが取れるのは、月に1回あるかどうか。平日はほとんど外出中という生活をしていたため、戸惑ってしまった。実はそれには訳があって、この月は本の執筆に専念するため、セミナーや講演などスポットの仕事を一切入れず、通常のコンサルティングの仕事だけに徹したのです。しかも、その仕事も月のはじめと終わりに集中したため、正味月の半分は自宅で執筆をしていました。

以前の私は、「ああ、毎日全国あちこちに飛び回って大変だな~。近い将来、もっとゆとりをもって働けるシフトを実現するぞ」と考え、「理想の1週間」なるものを描いたことがありました。気がつくと、今年の4月はその通りの生活を送っていたことになります。
では、その理想の生活を実現した私の心境はどうだったか?

なんと、退屈感を感じてしまったのです。もちろん、執筆の仕事があるので、本当に暇だったわけではないのですが、外で人に会う訳でもなく、毎日昼には家族と顔を合わせ、一緒に外食に行ったりもしました。平日の昼間にスポーツクラブで汗を流すなんて夢のまた夢、みたいに思っていましたが、それもできました。しかし、時間に張りと緊張感がないので、精神的に間延びしている自分に気づきます。
すると、忙しかったときには考えないようなことを、次々と考えるようになるのです。

「本当に今の仕事がこれからも続けられるのだろうか?」「これから立ち上げるこの事業は本当にうまくいくのだろうか?」「この新しい仕事は、ちゃんと受注できるのだろうか?」

考える時間があるのはいいことですが、時間が余計にありすぎると、その時間のありがたみがわからなくなります。すると、時間の使い方に緊張感がなくなり、考える中身が「不安なこと」に偏るのです。忙しいときは気持ちが前向きになっているので「事業をどうやって成功させようか」と前向きなことを考えます。忙しいか暇か、で、考える中身が全く違ってくることに気づきました。適度に忙しいほうが実は楽しいことが、実感としてわかりました。

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2005年7月 1日 (金)

Vol.75 『人は“自分でわかる部分”でのみ判断する。』

 あなたの提案を受ける人と断る人。何を提案しても、相手の反応は2通りに分かれます。その違いは何がもたらすのでしょうか?私自身も独立して間もないころ、コンサルティングの仕事を受注するために、仕事内容をいろんな人に話してきました。しかし、コンサルティングの仕事は形がないので、目で見て確認することはできません。また、いくら丁寧に説明しても、完璧に理解することは困難です。もし完璧に理解できるようなら、そもそも私に依頼せず、自分でやってしまうでしょう 。

ということは、大前提としてその人は私がやっていることを100%理解して仕事を発注するわけではありません。当然ですよね。そんなことをしようと思ったら、私が何年にも渡り経験したコンサル活動のすべてをほんの数時間でお話しせねばならず、それは物理的に不可能です。それなのに、なぜ決して安くはない報酬を支払う決意ができるのでしょうか?
この答えは、逆の立場になったときに気がつきました 。

先日、ある知人に証券投資について話を聞きました。私は金融商品については素人なので、購入にあたっての判断基準がありません。それでも話を聞いて30分もしないうちに、「とりあえず口座を開設します」と彼に言いました。それはなぜでしょう?彼は、証券の内容についてはほとんど説明しませんでした。ただ、「なぜその事業を行なっているのか」「それによってクライアントにどんな価値を提供したいのか」「彼自身は、どのように証券とつきあっているのか」を話してくれたのです。それを聞いた私は、その考え方に共感し、口座を開く気になったのです。

つまり、もちろん採算は考えるものの、最終的には商品の内容がどうかではなく、相手のスタンスで決めたことになります。思い返せば、私が決断するときは大体そのパターンです。そもそも、その商品・サービスの内容を正確に把握しようと思ったら、買って使ってみなければわかるわけがありません。私が買う前に考えることは「買ったことを後悔したくない」という思いです。そのためには、私は“自分でわかる部分”の情報で判断するしかありません。言い換えれば、お客さんが理解できることをきっちりお伝えすることで、理解できないところまで信じてもらえるぐらいの信頼感を勝ち取ることが大切だと思いました。

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2005年6月 1日 (水)

Vol.74 『技をかける前に相手を崩しておく。』

 私は学生時代から少林寺拳法をやっていて、今でも月に1~2回は道場に向かいます。仕事から離れて道場で汗を流していると、「相手との距離感(間合い)を適切に保っているか?」「“どうやってやるか”と自分の動きにばかり意識が向いて、相手の状態を見ていないのではないか?」など日常のコミュニケーションに通じる気づきが得られます。 先日、投げ技を練習していたときにもまた1つ気づきがありました。それは、「技をかける前に相手を崩しておく」ことの大切さについてです。

その日私は、自分より身体の小さい人が相手だと簡単に投げ飛ばすことができたのに、自分よりも身体が一回り以上大きな相手になると、全く技がかからず戸惑っていました。
少林寺拳法は、相手の重心を崩して、抵抗できない状態にした上で技をかける点に特徴があります。よって、正しくやれば筋力がさほど強くなくても相手を投げ飛ばせるはずなのです。

しかし、そのときの私は力任せに相手を投げようとしていました。だから、相手が身体の大きな人だと、力負けして投げることができなかったのです。しばらくその状態が続いた後、先生の技を見ていて、自分の過ちに気づきました。それは、「技のかけ方」ではなく、「技をかける前」に問題があったのです。それは、「崩し」です。本当は相手と組み合った時点で、相手の重心を崩すような姿勢をすでにつくっていなければなりません。それができれば、技をかける前から8割方成功したようなもの。すでに相手はバランスを崩していて、ポンと押せば倒れる姿勢になっています。そのような姿勢を予めつくっておくから、相手を投げるのに力はいらないのです。つまり、何倍もラクに目的を果たせるのです。

ところが力があると、そのような崩しを無視して力まかせに投げようとしてしまうのです。
これはビジネスでも同じで、ある分野で実力がついてくると、事前準備を怠ったりします。
たとえば、大勢の前で新企画のプレゼンをするとき。「事前に崩す」ことを考えるなら、事前に上司達にプレゼンの主旨を伝えて心の準備をしてもらったり、キーマンの賛同を得るためのポイントを予め調査して、「プレゼンをする前から、企画が採用されたも同然」の状態にできるかも知れません。いわゆる「根回し」です。それが自信過剰になると、そういう工夫は忘れてしまうのです。技をかける前に相手を崩すこと、意識していますか?

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2005年5月 1日 (日)

Vol.73 『選択肢を自主的に減らしてみる。』

 便利な世の中になりました。ノートパソコンは軽量化し、通信回線の高速化でどこにいてもメールチェックができます。緊急の場合には携帯電話で連絡がとれます。こうなると、場所と時間を問わず、いつでも仕事ができるようになります。これは一見、とても便利なことのように思えますが、その反面、メリハリをつけるのが難しくなりました。休みでも仕事が頭から離れず、気分転換ができないままダラダラ仕事をしている人も少なくないようです。近年、うつ病やストレスに関する病気が社会問題化していますが、これは便利になり過ぎて、時間の流れが高速化した環境の変化に人間が対応しきれていない現象の1つかも知れません。

「いつでも好きなときに、好きな場所で仕事ができる」

ということは、一歩間違えると、

「いつでもどこでも仕事をしなければならない」

と紙一重です。ましてや、フレックスタイムやフリータイムが浸透し、自己管理で仕事を任されるようになると、なおのこと、仕事と休憩の境目があいまいになっていきますよね。私の周りでも、パソコンに向かって仕事をしている際、数分おきにメール受信ボックスをチェックしている人がいます。何をかくそう、私もその一人です。自宅でもメールチェックをできるため、昼夜の区別もオンオフの区別も自分が「意識して」コントロールしないと、いつの間にか境目がなくなるのです。肝心なのは、それを「選択しているのか?」ということ。

そんなある日、新幹線の移動中「快適だなあ」と思っている自分に気づきました。私は移動中は携帯の電源を切っているし、ノートPCも開かないことにしています。したがって、新幹線の中では完全に自分だけの空間と時間が確保されるのです。もちろんパソコンで仕事をすることも物理的には可能ですが、あえてその選択肢を捨てています。そこで私は気づきました。「選択肢が増えて便利になると、自ら選択肢を減らす勇気が必要なのだ」と。そのためには、「自分はその時間に何をしたいのか」を知ることがはじめの一歩になりそうです。

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2005年4月 1日 (金)

Vol.72 『根拠のあるほうが勝つ!』

 仕事をしていると、意思決定する機会はいたる場面で発生します。「●●さんとのアポはいつにしようか?」「新商品の価格設定はいくらにしようか?」「冬のボーナスは払うかどうか?払うならいくらにしようか?」などなど。役職やポジションによって、意思決定すべき内容は様々ですが、その人にとって必要な意思決定を日々していることでしょう。

このとき2通りの人を見かけます。1つはその際に根拠をとくに持たず、その場の感覚、フィーリングで突き進むタイプです。そのタイプの人たちの中には、天性のエネルギーと動物的カンみたいなもので突進し、それでちゃんと上手くコトを運べる人もいます。

しかし、それは万人には当てはまらないのではないでしょうか。少なくとも私がそのようなやり方をしていたら、そのときの精神状態の良し悪しや時間の余裕の差によって、判断がブレてしまい、一定のクオリティのサービスを提供することはできないと思います。その結果、後追いでやり直しが発生したり、効率の悪いスケジューリングの組み方をしたり、仲間のモチベーションを引き下げるような意思決定をしてしまいかねません。

そこで私が日頃から心がけていること、それは根拠を設けて考えるクセをつけることです。

たとえば新商品の価格を決めるときに、いくらにするかを話し合うのではなく、その前に「どういう根拠で価格を設定するかを話し合う」のです。すると、「5千円だ」「いや6千円だ」という会話ではなく、「最低でも●●以上の利益が出せる価格設定にしよう」「お客さんが人に相談せずに気軽に買える価格帯にしよう」というような考え方の根拠を先に出して、徐々に具体的に詰めていくことになります。その際に出てくる数字は、根拠となる考え方を踏まえた数字のはずなので、私の意向から大きくズレることはありません。

仮に私が出した根拠に問題があれば、もちろんそれ自体を見直せば良いのです。すると、たとえば「6千円にしよう」という私の意見に対する議論ではなく、その根拠のつけ方に対する議論にすりかわるので、私は精神的にとってもラクになるのです。そして、根拠のある意見は根拠のない意見よりも説得力を持つので、結局は根拠のあるほうが勝つことが多いです。

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2005年3月 1日 (火)

Vol.71 『似顔絵を書くつもりで見る。ミスドの戦略』

 「私は何をやっても要領が悪いのですが、効果的に目的を果たすコツはないでしょうか?」そのコツを1つご紹介したいと思います。私はそれを「ミスドの戦略」と呼んでいます。ミスドとはミスタードーナツのことです。以前ミスドのテレビCMを見たとき、私は「なるほど!」と膝を叩いた覚えがあります 。

通常、ドーナツ屋のCMなのだから、商品であるドーナツの宣伝をしますよね。しかし、そのCMでは、ドーナツの宣伝をしていませんでした。ご存知のように、ミスドは「ドーナツをいくつも買うとポイントカードがもらえる。それが10点に到達した際に、3つの景品の中から1つを選べる」という仕組みで、その3つの景品の特長をしきりにPRしていたのです。これはどういうことかと言うと、「“本当の目的”(ドーナツを買いに何回も来店してもらう)のさらに先に、もう1つの目的を持たせることで、“本当の目的”をラクラク果たしてしまう」仕組みなのです。

つまり、お客さんは次の3つの順番に行動を起こします。
「(1)ドーナツを買いに来店する」⇒「(2)ポイントカードが10点になるまでドーナツを買いに来店する(リピートする)」⇒「(3)商品を3つの中から1つ選べる」
この順番は変わりません。したがって、この・のアクションに焦点をあてさせることで、・と・は当然のごとく実行させているのです。例えば、お客さんは「3種類あるバッグのどれをもらおうかな~」というほうに意識が向いているので、「ミスドに行こうか、ダンキンドーナツに行こうか?」とか「ミスドはおととい来たから、今日はやめよう」などという思考回路を吹っ飛ばしてしまうのです。目的が・に設定されているので、・と・はプロセスでしかないのです。たとえば私たちが会社に行くことを目的に設定したときに、車の運転の仕方(プロセス)をいちいち意識しないのと同じです

この効果は、ちょっとしたことでも体験できます。たとえば、私は初対面の人の顔を覚えるのが苦手です。しかし、あるとき「ミスドの戦略」を応用して、「その人の似顔絵を書くつもりで見る」ことにしました。すると、なんと!一瞬しか見ていないのに、残像が頭の中にしばらくくっきりと残っていたのです。その一歩先の目的を設定してみましょう。

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2005年2月 1日 (火)

Vol.70 『そこに、どんな意味を与えるか?』

 「しまった!」そのとき私は東京から名古屋に帰る新幹線の中。充実した1日を過ごし、熟睡していた。そして、深い眠りから覚めて、まばたきをした瞬間、私の目に飛び込んできたもの。それは、名古屋駅の看板であった。「ヤバイ!」と慌ててカバンを手に取り、座席から飛び起きた途端、車両の扉は無情にも「プシュ~」と閉じられた。

新幹線のぞみが次に停まる駅は「京都」。片道約35分間をかけて、むなしく自宅から離れていく。途中下車も出来ず、無意味に過ぎる時間。しかも、35分後に京都に着いたら、再び同じ時間をかけてやっとついさっき降りるはずだった名古屋駅に向かうのである。

私は思った。「不毛だ・・・。」

・・・とまあ、このようなむなしい経験は、誰でも覚えがあることでしょう。そのときに、どんな言葉を自分に投げかけるか、でその経験がむなしさで終わるのか、多少なりとも価値を持つのか、が違ってきます。

私はこのとき、「不毛だ・・・。」と数分、打ちひしがれた気持ちになりながら、ものごとをプラスに転換するマジッククエスチョンを投げかけました。

「僕は、この出来事にどんな意味を与えようか?」

つまり、この不毛に思える名古屋-京都間の往復運動に価値をもたせるためには、どのように考えれば良いか、と考えたのです。そして私は思いました。
「新幹線に乗り越していなかったら、きっとやらなかったであろうことをやろう」と。
それをリストアップしてみました。「今抱えている仕事の棚卸」「英語のヒアリング」「先送りしていた原稿のラフ書き」など。すると出てきたものは、 「緊急性は低いが、いつか必ずやらなければならず、一人で集中してやりたいこと」でした。そのとき気づいたことは、「不毛なことが起きたら帳尻を合わせよう」と考えるとストレスが減る、ということ。これは、一見「ツイてない」ことを「ツイてる」ことに切り替えるコツでもあるなあと感じました。

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2005年1月 1日 (土)

Vol.69 『理屈通りにはいかないこともある。』

 以前、あるコンサルタントが顧問先の社長と話しをしている場に立ち会ったときのこと。その社長は自社の悩みを打ち明けていました。そしてコンサルタントはその会社の問題点について語り始めました。「ここが良くない。あそこが問題だ。解決するにはこうすべきなんだ」と、端で聞いていて理屈のあった、ある意味もっともな意見を述べていました。客観的に考えれば、たしかにそれを実行すれば、解決していくように見えます。

しかし、そのクライアントの表情に徐々にイライラ感が出ていることに気がつきました。コンサルタントはそれに気づかず、いつまでも自論を一方的に熱っぽく語っていました。そして、クライアントは途中で話しを打ち切り、その後その相談をコンサルタントにもちかけることはありませんでした。それは「この人に言っても、分かってくれない」というふうに見限ったように私には見えました。

このようなやり取りは日常的によく見かけます。ある程度の経験と知識がある人ほど、上記のコンサルタントのような自論熱弁タイプとなり、相手に敬遠されていたりします。私は今でこそ、このやり取りの中で何が問題であったのかが分かります。それは、この人は「相手のもっている情報を充分に共有しないうちから、提案やアドバイスに入っている」ことです。

クライアントは必ずしも全ての情報を言葉で伝えられるとは限りません。それを自分でももどかしく感じながら、悩んでいたりします。よって相談に乗る人は、それをちゃんと聞き出さない限り、いくらもっともらしい正論を並べても、相手の心には響かないのです。それどころか、前述のコンサルタントのケースのように怒りを買うことすらあります。私はこのことに気づいて以来、提案をするときに1つ言葉を付け加えるようにしました。
「すでに○○さんもお気づきかも知れませんが、~という対策も考えられますよね。そのアイデアについてはどう思いますか?」
私が提案するまでもなく、相手がすでに考えついているかも知れません。そこで、それを承知の上で提案している、というニュアンスを伝えるのです。すると、気持ちよく受け入れられる場合もあります。理屈通りにはいかないこともあることを理解した上で提案すると、相手も受け止めやすくなるようです。

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2004年12月 1日 (水)

Vol.68 『なぜ約束が守れないのか!?』

上司がかかえるストレスの1つに、「部下からの報告があがってこない」ことがあります。早めに報告があればサポートのしようがあるのですが、納期直前になって「間に合いません」と言われると、そのリカバーのために大幅に予定を狂わされてしまいます。ましてや納期が過ぎても報告がなく、それに気づいた上司のほうから「あの案件は、どうなったの?」と聞いてはじめて「あ、すみません。忘れていました・・・」などと言おうものなら、上司としては怒り爆発!それが重要な仕事であればあるほど信用喪失につながります。

先日、ある経営者が私にこうつぶやいていました。
「個別に依頼したことだけでなく、会議中に依頼をしたことですら放置され、忘れ去られていくんだ。どういうことだろう?

話しを聞いていて、私は想像してみました。「どんな原因が考えられるだろうか?」

指示されたときにメモをしない。あるいは、メモをしても正確に書いていない。(会議の話しの腰を折らないため、不明な点があっても確認しないまま過ぎていく。そして不正確なメモを頼りに行動する→気の弱い人にありがち)
メモをする場所が一定ではなく、行き当たりばったりなので、メモとして機能しない。
メモをした後、納期をスケジュール帳(の当日のページ)に反映させていない。
納期はスケジュール帳に書いたとしても、その作業を実行する予定は書いていない。(その作業予定を書けない理由は、実質的な作業時間の「時間見積」を算出していないから)
すでに仕事過剰でオーバーフローになっていて、依頼内容のメモをスケジュール帳に反映させる余裕すらない。
そもそも初めから約束を守る気がない。

ほかにもいろいろあると思いますが、大きく2つの理由に分けられます。要は「約束を守る仕組みを持っていないから」と「約束を守る気がないから」です。後者であったら話しになりませんが、前者なら、指導の余地があります。あなたの部下はどちらですか?

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2004年11月 1日 (月)

Vol.67 『「やる!」と決める方法。』

 年末に近づくと、考えることがあります。それは、「今年はどれだけ成長したかなあ?」ということ。1年間というのは、正月のときは長いような気がするのですが、年々スピードアップして、あっという間に忘年会シーズンに突入です。
どれだけ考え、行動を起こしたか。成長の度合いは、その量に比例するように思います。ただ、日常的には「やろう!でも、明日から」と先送りすることがありますよね。私の場合、目の前のやるべき予定を先送りするために、それを正当化する理由は天才的に思いつきます。

「今日はここ数日にない程、睡眠時間をとれる貴重な日なんだ。ここは寝ておこう」
「ここしばらく家族との時間をとってこなかった。だから、この案件は明日にしよう」
「今日は少林寺拳法の練習の日だけど、天気が悪いから、事故に合っちゃいけないし・・・」

等々。健康のせいにしたり、家族のせいにしたり、天気のせいにしたり。やらない理由はいくらでも作れてしまいます。でも、その本心は全て「面倒臭いからやりたくない」なんです。
では、「面倒臭さ」を軽減すれば、「やる!」と決めるのは容易になるのではないでしょうか。そこで、私が日頃、「やる!」と決めるためにやっていることをご紹介したいと思います。

1・ その仕事をやる前の日に、5分だけ簡単に予習をしておく。企画書の資料に目を通したり、原稿のラフ案をマインドマップで殴り書きしたり。それでアンテナが貼り、翌日行動を起こす障壁が低くなる。
2・ 15分だけやってみる。ストップウォッチをセットして、15分経ったら辞めてもいい、という許可を自分に与えた上で、とにかく15分だけ我慢してやる。すると、エンジンがかかってそのまま最後までやれてしまうことも多い。
3・ 締め切りを決めて、人に約束する。人との約束を破るわけにはいかないので、それが歯止めになって、なんとかやってしまう。

あなた流の「やる!」と決める方法、持っていますか?

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2004年10月 1日 (金)

Vol.66 『目の前でメモをとるのは、お客さんに安心感を与えるためのサービスの1つ。』

 先日、ある方と食事をしながら仕事の打ち合わせをしていました。食事をしながらだったこともあり、彼はメモをとろうとしませんでした。
私は自分の記憶力は信用していません(10秒経てば忘れてしまう!)。そのため、何か約束をしたり依頼をうけた場合、その場で胸ポケットからペンとポストイットを取り出してメモを残します。そしてそのメモが書かれたポストイットは後でシステム手帳に貼り直され、確実に実行に移されます。もしメモを残さなければ、私はうっかり忘れて、約束を破る恐れがあります。したがって、約束を破らないために私はメモを重要視しています。
そのため、私はメモをとらないその人に対して若干の不安を感じて、言いました。

「あの、今のこと、メモしなくてもいいですか?良かったら、ポストイット使います?」
とポストイットとペンを差し出そうとした私に対し、彼は言いました。

「いえ、大丈夫です。ちゃんと覚えてますから」
そう言われ、私は若干の不安を感じながらもペンをポケットに戻しました。

そして数日後。彼に依頼していたことは実行に移されていませんでした。電話を入れました。「あのお店で依頼して、了解をいただいたはずなのに、どうして出来ていないのですか?」

彼は謝るしかありません。しかし、私はそうなることは予想できていたから、わざわざメモすることを勧めたのです。そのとき感性の鋭い人なら「メモをしないことが依頼者に不安を与えているのかも知れないから、ちゃんとメモをしよう」というふうに解釈するはずです。
本人は、メモしないでもちゃんと依頼事項を頭に入れて仕事をこなすことがカッコいい、と思っているのか、あるいは、単にわずらわしくて、自分の記憶力を過信していたのかもしれません。ところが、依頼をする私にすれば、「大事な用件をメモしないなんて、なんて無用心な人だ」と判断します。依頼者の目の前でメモを取ることは、約束を守るために必要なだけでなく、「これで大丈夫だ」という安心感を相手に与える意味もあると考えたいですね。

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2004年9月 1日 (水)

Vol.65 『あなたにとっては小さなことが、相手にとってはスゴイこと。』

 自分にとっては当たり前のことが、他人からするとスゴイことに見えることって、ありますよね。例えば、海外旅行。学生にとっては大きな支出の伴う一大イベントだとしても、海外を飛び回る経営者にしてみれば、日常の一コマでしかない。例えば、マラソン。ホノルルマラソンに向けてトレーニングしている人にとって、「10kmを走れ」という指令はたいしたことではないでしょうが、運動不足の中年サラリーマンなら相当苦痛でしょう。

あるいは会社の社長と社員の関係でも同じことが言えるかも知れません。先日社員5名の会社の社長が相談にきました。「うちは社員は頑張ってくれているのですが、定期昇給はしていません。やはり昇給の仕組みをつくったほうがいいのでしょうか?給料を上げれば皆、励みになってますます頑張ってくれるとは思うのですが、なんとなく不安なんです」

私は答えました。「“業績に関係なく給料が上がりつづける”という幻想を社員に抱かせないことは大切ですが、仮に1人5千円昇給しても、社員5人で月2万5千円、年間30万円のアップです。月5千円アップすることで、社員が生き生きと頑張って年間30万円以上の粗利をラクラク生み出すイメージが持てるのであれば、それもアリじゃないですか?」

毎月数百、数千万円を稼ぐ会社の社長にすれば、月5千円のアップは小さな額かも知れません。でも毎月20万円前後を受け取るスタッフにすれば、5千円のアップは大きなインパクトを持ちます。このように、自分にとっては小さなことが、他の人にとってはスゴイこと、って結構ありますよね。そのときに、私は思いました。

「自分が好きで得意な分野のことが周りにとっては大変なことだとしたら、その得意分野でたくさん貢献しておけばどうか。自分の苦手な分野で貢献してもらえて、トータルではものすごく助かるのではないか!?」

つまり、得意な分野で周りに貢献するのは、実はお互いに大変ハッピーなことなんです。

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2004年8月 1日 (日)

Vol.64 『継続が、複利効果でパワーとなる。』

 「いつの間に、この人はこんなに成長したのだろう!?」そんな驚きを感じたことはありませんか?つい最近までさほど目立った活躍をしていなかったのに、あるときから突然、その活躍が目立ってきた友人や後輩。いますよね。TVを見ていて、突然頭角をあらわしてきたスポーツ選手も時々みかけます。
彼らは、一体なぜそれほどの成果を上げることができたのでしょうか。しかも、その成果がじわじわとではなく、あるとき突然のように表立ってきたのは何故でしょうか?

このことについて、私は、「継続が、複利効果でパワーとなる」という考えをもっています。独立して間もない頃、努力しても成長を実感できなかった時、ある疑問が頭をよぎりました。

「1日0.5%の成長を、365日継続したら、その人の能力は何倍になるのだろう?」

「常に前日よりも0.5%成長する」。目に見えないぐらいのわずかな成長です。本で知識をつけるもよし、新しいチャレンジを試みて経験値を積むもよし、芸術に触れて感性を磨くもよし。なんでもいいから、前の日よりも0.5%成長する。先日、セミナーで参加者に尋ねたら、ほぼ全員が「1日で0.5%ぐらいの成長ならできると思う」と答えました。

100の能力がある人なら、1日目で100.5になり、2日目に(ほぼ)101になります。3日目には(ほぼ)101.5です。これを続けると、365日後にはどれだけの能力になっていると思いますか?

答えは617。なんと、6倍以上の力を備えることになるのです。ここに「複利効果」が働いていることにお気づきだと思います。毎日、毎日、100よりも成長している状態に対してさらに5%の成長が蓄積され続けるのです。つまり、ある時点から成長が二次曲線を描いて加速度的に上昇していくので、そこではじめて周りの人たちはその変化に気がつくのです。そして、彼のライバルが気づいて負けじと頑張っても、それまでの蓄積がないと、そこから成長を積み重ねるしかない。よって、0.5%以上の成長を継続するか、相手が成長を怠るのを待つしか勝てないことになります。「継続は力である」とはよく言ったものですね。

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2004年7月 1日 (木)

Vol.63 『ちょっと高めの目標も、2倍の時間を つかえば達成できる。』

 営業会議でのこと。社長が営業マンに対して発表しました。「今年はこれまでで最高の目標を目指します。1人あたり月商1000万円だ。そして、この目標が達成されたとき、私たちは次のステージに向かっていけるし、そのために必要なスキルや知識はすでに身についているはずです」
その目標値は、これまでの150%の水準でした。そのとき、ある営業マンは言いました。

「この目標を目指したいのはヤマヤマですが、正直言って、自信がありません。少なくとも今の私にはできません」
これは素直な意見でした。私たちは高めの目標を提示されると、反射的に「できない理由」が頭に浮かびます。それが脳に栓をして、それ以上考えることをさせてくれません。そこで私は、その栓を抜くために彼もふくめ営業マン全員にある質問をしました。

「みなさんはすでに目標を達成する知識やスキルは持っているはずです。その証拠に、1ヶ月で500万円はみんな達成できるでしょう?」
皆、「それぐらいなら当たり前でしょう」という顔をして、うなずいています。

「ということは、倍の2ヶ月かければ1000万円の売上を達成できるということですよね。では、なぜ1ヶ月ではできないのでしょうか?そこに改善のヒントがあると思いませんか」

この会話の中で私がやったことは、部下が仕事を先送りする(あるいは保険をかけて余裕たっぷりの納期設定をする)癖があることを前提に、具体的な時間見積を立てさせ、その時間の確保を要求することにシフトする、ということです。
仕事を依頼するときは、この会話を付け足すだけで何倍もスピードアップするかも。

そうすると、具体的にどう考えればよいかの切り口が見出せるようになりました。
「2ヶ月かかっていた動きを1ヶ月で実現するには、どんなスケジューリングの仕方をすればいいのだろうか」「報告のミスやお客さんとの連絡不足で、受注できるはずのものを逃していた。伝達の仕方を改善すべきだ」「集客から受注までのプロセスを見直すべきだ」
「1回1回の営業の受注率を高められるよう、トークや資料を改善しよう」
できない理由から発想するのではなく、できるという前提から考える。そのきっかけは、こういうちょっとした質問から生まれてくるのかも知れません。

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2004年6月 1日 (火)

Vol.62 『人は、楽しみ方を教えてくれた人からモノを買いたくなる。』

絵画を見てもさっぱり楽しみ方が分からなかった私が、先日ある画廊で友人たちとその見方を教えてもらいました。私たちは観賞用の一室に案内されました。そこにはスティーブンパワーの、海から日が昇っていく絵が飾ってありました。その画廊のオーナーは言いました。「最初部屋を少し暗くします」その状態で私たちは絵を見る。次に彼は「少し部屋を明るくします」と言い、ライトのつまみをひねりました。すると、ルームライトに反射して、その絵に輝きが出たことに気づく。さらに「もう少し明るくしますよ」と言って部屋の照明を明るくしました。すると、さきほどとは違う色が光に反射し、全く別の絵になったような印象を受ける。私たちは思わず「おぉ~!」と感嘆の声をもらしました。 オーナーは言いました。「絵というのは、光の加減で楽しみ方が全く変わります。見る角度からも変わります。そのときの自分の心の状態によっても違うでしょう。

この数分間のちょっとしたやり取りで、さっきまでは絵の素人だった私たちは、ちょっとだけ利口になったような気がしました。そして、新しい世界を見せてもらったことに感謝したのです。このとき私は思いました。「これが商売の基本だなあ」と。もし私にお金の余裕と、絵を飾るだけの部屋があれば、彼から絵を買っていたかも知れません。これは凄いことです。たまたま彼から絵の見方のプレゼンテーションを数分受けただけです。それだけのことで、数分前までは全く絵に興味がなかった人に、数十万、数百万円もするモノを「買いたいなあ」と思わせてしまうのですから。彼はその分野の絵画についてはハワイでもトップのセールスを誇る人だと聞きましたが、それもなるほど、うなずけます。

私が知らない世界は山ほどあります。美術、芸術、音楽、歴史、古典、将棋、アウトドアレクリエーション、等など。それらをやろうと思うほど興味を持てていないのは、私がその楽しみ方を知る機会にまだめぐり合っていないからです。それを教えてくれる人が現れ、私がそれを楽しいと思うことができたなら、きっと生活の幅が広がるに違いありません。そしてそういう喜びを与えられる人は結果的に事業を成長させることができるのです。人は楽しみ方を教えてくれた人からモノを買いたくなる。これは、私自身大きな気づきとなりました。

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2004年5月 1日 (土)

Vol.61 『本当の原因は、違うところにある。』

プランをつくる。あなたもその経験はあることでしょう。経営者であれば事業プラン、営業マンであれば営業プラン、主婦であれば家計簿のプラン。新しいことに取り組むときには、前もって先を見通しておくことは、それを成功させるための鉄則ですよね。
先日、あるクライアント先のスタッフに「自分の仕事について、今年1年間の行動プランをつくってみよう」という課題を出しました。プランづくりのノウハウは私がすでに伝授しているので、彼らはどうやれば良いか、知識としては知っています。あとは実践あるのみです。

それで、「うまく作れなければ、私が何度も添削をするので相談するように」と伝えました。数日後、あるスタッフが自力で書いたプランを持ち、自信なさそうな顔でやってきました。彼の部門は営業、制作、開発、他あらゆる部門との連携が多く、重要な役割を担っています。
「和仁さん、一応作ってみたのですが、内容が薄い気がしています。いまいちイメージが湧かないのです。やはり私にはプランづくりは向かないんですよ」
彼のプランに目を向けると、内容がスカスカで、先を見通せているとは言い難いものでした。彼は言いました。「すいません。もう一度、プランの作り方を教えてもらえますか?」

しかし、私は彼がプランを作れない原因は、「作り方が分からないから」ではないと思いました。彼は日頃から会議でもあまり発言をせず、人との交流を持たず、マイペースで仕事をしているように私の目には映っていました。そこで、次の質問を投げかけました。
「あなたは、ふだん他部門の人たちと、どれぐらい会話をしていますか?」彼は答えました。
「ほとんどしゃべりません」「社長と会話をすることは?」「ここ数ヶ月、ありません」
ここに彼がプランを作れない真の原因があったのです。彼はいくつもの部門との連携が必要でした。それにも関わらず、彼は他部門がどんな取り組みをし、今後どのような動きをしようとしているか、全く聞いていませんでした。しかも、社長のビジョンを直接聞く機会も少なかったので、自部門のビジョンがイメージできなかったのです。ビジョンが描けないのに、それを実現する行動プランをつくることは不可能です。行き先が見えていないのに、交通手段を決めるようなものです。そこで彼に「まずは他部門の人と意見交換をしたら?」と勧めました。そしてその数日後、見違えるほど具体的なプランが私の手元に届いたのでした。
本当の原因は、違うところにあったのです。

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2004年4月 1日 (木)

Vol.60 『気が散る環境を取っ払らう』

頭を使って考える仕事、たとえば連載原稿を書いたり、セミナーのテキストを作成したり、プランを練ったりする仕事は、どれだけそれに集中できる環境をつくっているかが重要になります。しかし、現実には「余計なことに気を取られ、予定の時間になっても終わらない」ということがありました。
  そこで私はこれまでに、次のような挑戦をしてきました。

ストップウォッチをセットして、時間制限でその仕事を終わるよう自分に課す。
それまでは一切、メールは見ないと決める。
メルマガは読まない。予め専用の受信フォルダで受けるようにし、他のメールと区別する。時間ができたときに、読みたいものだけ読む。
机の上に、余計な書類を乗せない。必要なものだけ乗せる。

 これらは、それなりに効果はありました。しかし、根性がないと持続できなかったりして、いつの間にか元の習慣に戻ってしまいます。周りを見渡せば、膨大な本があり、つい手が伸びてしまいます。そこで、もっと根本的な解決法は無いかと考えたところ、あるアイデアに行き当たりました。それは、
「周りの環境を整えることが難しければ、環境の整ったところに自分の身をおけばいい」
ということです。これなら、今すぐできるのです。例えば、

月に1日、「考える時間」を確保する。その日は、ホテルのラウンジを使って、考え ることだけに専念する。
帰り道にカフェに寄り道し、手帳やマインドマップ帳を開いて、考えを整理する。

余計なものを持ち込まないで、必要なノートや手帳だけを開いているので、それに集中できるのです。もちろん、メールを受信できるようなパソコンは持ち込みません。そして、パソコンに向かったら、それをタイピングするだけにするのです。考えるのは、過酷な仕事と言われます。ならば、せめて快適な環境を与えてあげてはいかがでしょうか。

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2004年3月 1日 (月)

Vol.59 『人と比べるな!』

 人と比べて判断し、行動する人がとてもよく目につく今日この頃。「あの人がやるから私もやろう」「みんなが買うから、僕も買ってみよう」そういう思考は誰にでもあるものです。それが全て悪いとは思いません。しかし、中にはこういうケースもあります。

「あなたがそんなボーナスをもらえるなら、私はもっと貰わないとおかしい!」
「あの人はいいよな~、あんなに順調に仕事が成功して。それに比べて私は・・・」

こういう会話を聞くと、私はこう言いたくなります。

「不平不満を言ったり、落ち込むくらいなら、人と比べるのは辞めたら?」と。

特に後者のように、人と比べて落ち込むのは人生において多大なる損失を被ります。
「あれだけ凄い人がここまでの成績だったら、自分なんてせいぜいこれぐらいが関の山だろうなあ」と、勝手に自分の上限を決めてしまうのです。本当はもっと違った分野、あるいは違ったアプローチでさらに高い次元を目指せる力を持っているかも知れないのに。

また、人と比べることの弊害の1つに、既成概念に縛られる、ということがあります。これまでの常識にとらわれ、本来自分がやりたいことが見えなくなり、願っていることと実際の行動にズレが出るのです。つまり人の目を意識するがあまり、自分の気持ちに素直になれない、ということです。

ならば、人と比べるメリットはないのでしょうか?そんなことはありません。

「自分を成長させるために比べる」のです。

「あの人は1年でこれだけのことを成し遂げたのか!よ~し、自分はそれを10ヶ月でやってやるぞ!」というように、自分の目標達成を後押しする励みとして、人と比べるのはとても有効だと思います。せっかく比べるなら、自分を押し上げる比べ方はいかがでしょうか?

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2004年2月 1日 (日)

Vol.58 『あなたを考え続けさせる原動力は?』

 本屋のビジネス書コーナーに立ち寄ると、「いかに考えるか」についての本が山積みになっています。「ロジカル・シンキング」「図で考える○○」「質問力」などなど。これは、今の時代、ビジネスマンにとって考える力を鍛えることがとても重要であることの証明でしょう。
多くの人が、「どうすれば考える力が身につくか?」という質問をしますが、多くの場合、方法論ばかりが先行している気がします。今、多くの人にとって必要なのは、実は「どうやって考えるか」ではなく、「いかに考え続ける原動力を引き起こすか」ではないでしょうか。

かつては考えることが苦手だった私の経験から言うと、「考える方法ありき」で発想しているうちは、考える力は付きません。なぜかというと、「考える」のはとてもエネルギーがいるからです。そのエネルギーを引き起こす必要があります。つまり、考えざるを得ない状況を作り出さないと「考える方法論」を使う機会が得られないのです。

ある人は、営業で売れないときが考える機会になっています。つまり、営業で売れなかったときに、「こんなに良い商品が、売れないわけがない。それなのに、なぜ売れないのだろう?」という自分への問いかけが考え続ける原動力になっています。

またある経営者は、社員が期待通りに動かないときが考える機会になっています。社員が思ったように動いてくれないので、社長がその尻拭いに奔走していて、「こんな状況は耐えられない!」という怒りが「どうしたら良いか?」と考え続ける原動力になっています。

ちなみに私は、ナニクソ!と思ったときが原動力になっています。たとえば、人の前で恥をかいたとき。人から批判をされたとき。人から理不尽なことを言われたとき。そんな時に自分に投げ掛ける質問は決まっていて、次の質問を自分に投げ掛けています。
「私は今、非常に悔しい。だからこそ、この機会を私の成長につなげるために、一体何ができるだろうか?」
ところで、あなたを否が応でも考え続けさせる原動力は、なんでしょうか?

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2004年1月 1日 (木)

Vol.57 『必然性を利用して、価値を高める。』

 サービスの付加価値を高め、収益力を上げることは、多くの企業の共通課題になっています。ディスカウント競争に入ると、規模の拡大をせざるを得なくなり、気が付けば借金体質に陥るか、当初の理念から離れた企業に成り下がるケースが多いようです。

そこで、いかにして付加価値を高めるか、ということですが、私が日頃意識している重要な質問があります。それは、次の質問です。

「この必然性をいかに利用すれば、さらに価値を高められるだろうか?」

例えば、美容院に散髪に行くと、髪を切るプロセスの中に必ずシャンプーをするという必然性があります。そのときに、ただ髪を洗うだけでは芸がありませんよね。私が通っているお店では、頭皮マッサージを入念にやってくれるのですが、これが楽しみだったりします。私はよく肩や背中がこるので、定期的にマッサージを受けに行きます。ところがそこでは髪型が崩れてしまうからかも知れませんが、頭はマッサージしてくれません。でも美容院ではそんな心配がないので、頭に対するマッサージは存分にできるのです。これを利用しない手はありませんよね。それを商品化できるレベルに仕上げれば、客単価はアップします。

それから例えば税理士であれば、巡回監査といって月に1回顧問先を訪問するという必然性があります。そのせっかくの機会があるのに、社長と全く口も利かずに、ただ書類を手渡して帰るだけのスタッフもいるようです。そこでコミュニケーションを交わさないのなら、郵送した方が人件費の節約になるのです。しかし、もしそこで話好きな社長の話し相手にでもなれれば、そこでニーズを吸い上げて、後日それに関連した新聞記事や書籍などの「情報のプレゼント」をしてあげることもできるのです。あるいは、コーチングの勉強をして、社長の1ヶ月の振り返りや来月の目標設定を手助けすることも可能でしょう。それが出来たら、コーチング料をプラスすることで顧問料はアップできるのです。

 このようなことは、異業種の仕事の流れを見ていると気がつきやすいものです。あなたの仕事では、さらに価値を高めるために、どんな必然性を利用できますか?

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2003年12月 1日 (月)

Vol.56 『マズいメロンより、美味しいスイカ。』

 人の価値観って、面白いなあ、と思う出来事がありました。今年のお盆休み、私は家族と仲間達と共に、豪華客船「飛鳥」の3泊4日の船の旅を楽しみました。東京から八丈島に行き、三重県の熊野大花火を見て、横浜に戻る周遊ツアーです。船の旅なんて未知なる体験だったので、ワクワクドキドキし、あっという間でしたが楽しいひとときを堪能しました。帰ってから、知人にその話をしたところ、「うわ~、リッチだねえ」なんて言っていました。それで、私は彼に「あなたはどこに行ったの?」と尋ねると、「5日間ほどハワイに家族で。」と言うではありませんか。
「ちょ~っと待った!リッチなのは、どっちですか?」
彼の言い分はこうでした。ハワイには度々行っているし、パックツアーで格安で行っているから、国内ではあっても豪華客船の旅の方がリッチな気がする、と。

私は本を毎月20冊程度買います。それを全て保存していては、狭い部屋がさらに狭くなるので、保存版にすべき本以外はすべて処分しています。私にとって雑誌は新聞感覚です。つまり、その日のうちに処分します。本は雑誌感覚です。つまり、1ヶ月以内に処分します。私にとっては、必要な情報さえ入手すれば、2度と読まない本を保存する必要性はありません。すると、それを聞いた友人は「勿体無い!」と言いました。そういう彼は、私が本につぎ込む以上のお金をタバコとお酒につぎ込んでいたります。「勿体無いのはどっち?」

先日、あるお店で、スイカが1つ6千円で売っていました。スイカにしては高めですよね。きっと、よほど手間をかけて育てたスイカなのでしょう。味も相当良いと期待できます。それを買っている人を見て、ある人が「うわっ、リッチだなあ。」と言いました。でも、その人は8千円のマスクメロンを買っていました。「リッチなのは、どっち?」

そのとき私が気づいたのは、人は既成概念でモノの価値を見ていることが多いということです。「船の旅は贅沢である」「本を処分するのは勿体無い」「スイカに6千円を払うのは贅沢である」そう言う人が、実は別のところでは他人から見たら「勿体無い」「贅沢だ」と言われるようなお金の使い方をしていることはよくあるのです。
他人の価値観に左右されず、自分の中に価値決定基準を持ちたいものだと思いました。

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2003年11月 1日 (土)

Vol.55 『耳の痛い話は、期待する目的を言ってから。』

  先日、ある経営者から、こんな相談を受けました。
「成績の上がっていないある幹部候補の社員に、このままだと居場所がなくなる旨を伝えたい。だが彼は繊細なので、今の状態でそれを言うと、かえって落ち込ませ、ますます成績が出なくなることが不安で、つい話し合いの機会を先送りにしています。このままではいけないのは分かるのですが・・・。」

 また、別の日に、ある女性からこんな相談を受けました。
「私はある程度親しくなった友人と、もっと深い関係を作りたいと思って、その人の改善点を本音で指摘をすることがあります。しかし、それがかえってその人を傷つけ、それ以来口もきいてもらえなくなることが度々あるのです。私の言うことが的外れなんでしょうか?」

前者の経営者は、言いたいことがあるが、それを言うと事態が悪化する方向に行くことを恐れています。また後者の女性は、本音で言うことがお互いの信頼をさらに深めると信じているが、その結果がいつも思わしくない方に行ってしまうことを悩んでいます。
私はこの相談を受けて、ある前置きをすることで解決できるように思いました。

それは、大切なことは、相手に「何を言うか」以上に、「なぜそれを言うのか」。 つまり、相手との間にどんな関係を作りたくてそれを言うのか、その期待する目的をきちんと言う、ということです。何も相手を傷つけたり、亀裂を生じさせるために言うのではないのですから、そのような誤解を招かないよう、ひとこと前置きをするのです。例えばこのように。

「君には2年以内には中部地区を任せる統括マネージャーとして私の右腕になってくれることを期待していることは知っているよね。だからこそ、あえて耳の痛いことを言わせてもらうがいいかな?」
「私はあなたと友達になれて嬉しいの。そして、今まで以上に親しい関係になりたいと思っているので、少し聞いて欲しいことがあるの。いい?」

 その一言があるかどうかで、次に言う言葉の受け止められ方が全く違ってきますよね。

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2003年10月 1日 (水)

Vol.54 『“お金がない”“時間がない”というウソ?』

 日常会話で、こんな言葉を耳にすることがあります。

「お金がないから、それは買えません」「時間がないので、それはやれません」

これって、とても便利な断り文句ですよね。なぜ断り文句かというと、「お金がない」と言いながら、飲み屋で一晩でその金額を使い果たし、「時間がない」と言いながらもメルマガの乱読やネットサーフィンで数時間費やしたりしているからです。要はその人の中での優先順位が低い、ということに他なりません。
でも、そのような曖昧な常套文句も、相手によっては通用しない場合があります。実際、私の周りでも、言葉をきちんと使おう、という傾向が徐々に強くなってきました。

では、真実の言葉を使うとしたら、どんな表現になるのでしょうか?

「お金がないから、それは買えません」
 ⇒「私は、それにはそれだけの金額を支払う価値を見出せないので、
   買いません」
「時間がないので、それはやれません」
 ⇒「他に時間を使いたいことがあるので、それはやりません」

う~ん、カドの立つ表現ですよね。もっと、丸く言うことはできないのでしょうか?
そう思いながら、気が付きました。相手に聞けば良いのだと。すると、こうなります。

「お金がないから、それは買えません」
 ⇒「私がそれに、それだけの金額を支払う価値をどうやって見出せば
   良いか、教えて頂けますか?」
「時間がないので、それはやれません」
 ⇒「今、既に時間を使ってやりたいことがこれだけあるのですが、
   どのように時間調整をすれば良いか、一緒に考えていただけますか?」

曖昧な表現で逃げるのではなく、相手に聞いてしまえばよいと思うと、気が楽ですね。

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2003年9月 1日 (月)

Vol.53 『最近、10分間以上真剣に話を聞いて もらったのは、いつ?』

 ある会社で、コーチング研修をやっていたときのことです。3人1組になって、1人はコーチ役、1人はクライアント役、1人は観察者として、10分程度のロールプレイングを行いました。コーチングは、的確な質問を投げかけて、クライアントの行動を後押しし、目標達成を支援するコミュニケーション技術のことです。そのロープレが終わった後、コーチ役の人に感想を聞くと、ほぼ全員から同様の意見があがりました。

「いや~、質問しないといけないのに、コーチ役の自分がつい、しゃべり過ぎました。」

「これは、聞く練習ですよ」と前置きして行ったロープレでも、これです。真剣に会話を行うほどに、自分の考えを伝えたくなるようです。なぜ、このようなことが起こるのか、考えてみました。そして、2つ気が付いたことがありました。

1) コーチは、相手が言っていることの表面だけを見て、自分の経験と価値観を元に勝手にストーリーをつくり、それをしゃべりたいという誘惑にかられている。
(本当は、相手の中にある核心を引き出すことを目的に話を聞くと、ちゃんと最後まで口を挟まずに聞きに徹することができるのだが)
2) 相手(クライアント役)が聞く姿勢をつくってくれているので、ついしゃべりたくなる。コーチ役の人も、日頃自分の話を真剣に聞いてもらう機会が少ないだけに、余計に。

 この現象の背景には、「周りの人に気にかけてもらったり、真剣に話を聞いてもらう機会が圧倒的に少ないことからくる、我々現代人の“寂しさ”」があるような気がします。

 よく考えてみると、この1週間で誰かに10分以上、ちゃんと聞く姿勢を整えて自分の話を聞いてもらったことがあったでしょうか?意外と少ないことに気づきます。それが12回続くと1年です。そのような1年間を、私達はもうどれだけ積み重ねているのでしょうか。 話を聞いてくれることが、どれだけ嬉しいことか、気づかされた瞬間でした。

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2003年8月 1日 (金)

Vol.52 『“Eメールは遠くの人とのやりとりに使う” は、既成概念では?』

 その昔、私が新入社員だった頃、その会社ではEメールを社内の報・連・相のツールとして全社一斉に使うことが決まりました。その当時、Eメールでのやりとりは、「なんだか人間味がない、味気ない」という印象を持つ人が多かったのを覚えています。たとえば、同じ部屋にいる人にメールを送ると、「それって、直接言えばいいじゃん!」という感じで笑い話になっていました。場合によっては、Eメールがかえって直接的なコミュニケーションを妨げている、とすら解釈する人もいました。

 あれから10年近くが経ちました。今、社内での報・連・相が円滑でない会社の実態を見ていると、あの10年前の発想、既成概念に縛られている人が多いことに気がつきます。

 例えば、あるA社の話。普段、みんな外出していて、なかなか社内で顔を合わすことがありません。でも、上司に相談したいこと、報告したいことを抱えたスタッフがいます。よほどの重要なことなら、メモに残すなり携帯電話でアクセスするでしょう。でも、それほど緊急性がない用件だと、どうなるでしょう?

1) 顔を合わせたときに伝えようと思いつつ、1日、2日と経ち、報告の鮮度が落ちる。
2) 同時に3人に伝えたい用件があった。ただ、同時にその3人が社内にいることが滅多に無い。すると、たまたまその場にいた2人にだけ伝え、あと1人には伝え忘れてしまう。

 こういうことが、結果的に生産性を下げていることに気づきます。これはどうして起こるのでしょうか?それは、仕事の仕方が10年前とは変わっているのに、10年前の発想のままメールを活用している、ということです。つまり、「Eメールは遠くの人とのやりとりに使うツールだ」という既成概念が邪魔をして、身近な仲間とのコミュニケーションの円滑化に使うという発想を妨げているのです。10年前は、ほとんどの人が社内で仕事をしていたのかも知れません。でも、今は外に出ていることの方が多かったりします。ならば、それにあわせて、ツールの使い方も変えてみてはいかがでしょうか。

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2003年7月 1日 (火)

Vol.51 『“後手になってきた”と思ったら、 全ての行動パターンを2テンポ先にやる。』

 気がつくと、「最近なんだかいろんなことが後手にまわっているよな~」ということ、ありませんか?本当なら今日中に仕上げるはずの仕事が明日まで延びたり、今週中にやろうと決めていたことが、なんとなく来週に延びていたり。そして、先送りしたことは、大抵は「嫌なことや面倒臭いこと」です。だって、好きなことなら先送りせずに今すぐやりますよね。その結果、たまりにたまった先送りごと(つまり嫌なことや面倒臭いこと)を苦しみながらこなして行くはめになるのです。
このような状態に陥ると、気分はユーウツ。心は後ろ向き。どこかにやり残しの罪悪感というか、ひっかかった嫌な感じがあって、遊んでいてもどこかスッキリしない。そんな経験をしたことはありませんか?
私がこの状態に陥ったときに脱する方法をご紹介します。それは、こうです。

『後手になってきたと思ったら、全ての行動パターンを2テンポ先にやる。』

「2テンポ先にやる」とは、どういうことでしょうか?たとえば私が毎月書いている、このワニレポを例にしましょう。「後手になる」とは、7月号の〆切が6月25日なのに、7月過ぎてから書くことです。「1テンポ先にやる」のは、期日通りにやることです。そして、「2テンポ先にやる」というのは、期日よりもう1歩前にやってしまうことを意味します。
つまり、例えば7月号を〆切の6月25日ではなく、1ヶ月前の5月25日に作ってしまう、ということです。毎月、1ヶ月前倒しで終わるパターンにしておけば、〆切に追われることはありません。仮に少し遅れても、もともと1ヶ月早い〆切なので、誰にも文句を言われず、精神的に追い詰められることもないので、とても気持ちが楽です。それでいて、後手のときと仕事量そのものは全く変わらない!単に後手のときより2テンポ早く始めただけのことです。人はパターンの動物なので、この習慣をあらゆる場面で活用したらラクですよね。
これは、お金との付き合いにも通じます。後手の人は借金をして物を買う。1テンポ先の人は、現金が手元にたまってから物を買う。2テンポ先の人は一定の貯金がたまった上で、余りのお金で物を買う。つまり、時間の使い方もお金の使い方も同じことなんですね。

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2003年6月 1日 (日)

Vol.50 『立ち止まってみる。』

 先日、経営者が仕事だけでなく、自分の人生そのもののプランをつくるセミナーを行いました。丸1日かけてのセミナーで、参加者はかなり脳に汗をかかれたと思います。当初、このセミナーを企画したとき、どれだけ参加者の心に響くのか、少し不安もありました。私自身はこのようなことが大切だと以前から信じて、実践してきたものの、果たして他の人にも受け入れられるのだろうか。「もっと目先のことが大変で、ライフプランなんて考えている場合じゃない!」そんな反応だったら、どうしようか?しかし、終わってみれば、これまでに行ったセミナーの中でも、最も喜びと感謝の声を頂き、やってよかったと心から思っています。

 ライフプランをつくる最大の成果の1つは、めまぐるしく過ぎ去る日常から少し離れ、今を「立ち止まってみる」ことができることです。たとえば、「一生のうちにやっておきたいこと」を自由に書き出してみます。

 「家族で2泊3日の温泉旅行に行く」
 「英会話を学び、海外旅行で使う」
 「フィットネスクラブに通う」
 「△△のコンサートに行く」
 「家族でディズニーランドに行く」

などなど。

すると、ある参加者は言いました。
「仕事以外でやりたいことって、意外と思いつかないものだなぁ。」

また、ある人は言いました。
「意外にも今すぐにやれることが沢山あって、ビックリ!なぜ、やらなかったんだろう?」

そうなんです。私たちは、目先の忙しさに追われて、本当にやりたいことを先送りにしていることが多いことに気づきます。そして、最初はそれができない理由として「お金がないから」「時間がないから」と言い訳を探すのですが、実はそれらは本当の理由ではないことにも気づくのです。では、本当のできない理由とは、何でしょう?  それは、「立ち止まってみないので、やりたいことに気づかなかっただけ」なのでは?
だったら、そのやりたかったことに気づいてしまった今、どうしますか?
 たった一度の人生、どんどんやっていきましょうよ。

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2003年5月 1日 (木)

Vol.49 『このアクションの“梃子(てこ)”はどこか?』

 仕事の仕方を劇的に変えるヒントは、意外なところで得られることがあります。私は学生時代から少林寺拳法をやっていて、今でも月1回程度は道場で汗を流しています。ここでは、日頃使わない体と頭の使い方をするので、良い刺激が与えられます。大きな声で気合を入れたり、突いたり蹴ったり、人を投げ飛ばしたり。日常生活ではあり得ませんよね?

先日、逆小手という技を仲間と復習していました。手首の関節を逆に取ることで、相手の重心を崩し、投げ飛ばすという技です。初心者が相手なら難なく技がかかるのですが、熟練者が相手だと、なかなかそうもいかないものです。その時、私の相手をした人は、いとも簡単に私を投げたあと、「最近、この秘訣がわかったんだよ」と言いました。私が「なんですか?」と尋ねると、「なんだと思う?」と逆に聞いてきたので、腕の振り方とか肩の使い方とか、いろいろ案を出したのですが、いずれもNG。 答えは、「腰を早くひねるだけだ」でした。

腰を素早くひねる(回転させる)ことで、両肩がさらに回転します。相手の関節を固めた状態で持っている私の両手はさらに早く回転するのです。つまり、梃子の原理で「腰」⇒「肩」⇒「腕」へと掛算のごとく力が伝わり、ラクラク相手を投げることができるのです。

このときの衝撃は大きなものでした。腰で投げる。見かけは同じように見えても、どこに焦点をあてるかによって、その効果は何倍も違うことはよくありますよね。これは仕事や人間関係においても同じなんじゃないかな、と思いました。

最近、私が仕事や日常生活において豊かさを得るための“梃子”のようなヒントとして大きな成果をもたらした言葉があります。それは、あらゆるアクションを起こす際に、「その価値を最大化し、他の人にも与え、その価値を認めてもらう工夫をせよ」と自分に投げかけることです。価値には報酬がついてきます。したがって、あらゆるアクションがこの言葉のフィルターを通ったとき、必然的に報酬がついてくるのです。言葉としては分かったつもりだったこのひと言が、明確な概念として頭の中に入ったとき、私の視界は大きく開かれた気がしました。

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2003年4月 1日 (火)

Vol.48 『部下に任せる仕事の納期を短縮させるには?』

 経営者であれ、管理者であれ、部下に任せながら仕事を進める人にとって、共通する悩みの1つに「彼はいつも仕事が遅いんだよなあ」「いつになったら報告してくるんだろうか」ということがあります。また、自営業者で奥さんに仕事を任せている場合、音沙汰のなさに苛立って、「いつになったらやってくれるんだ?」「今、忙しいのよ!ちゃんとやるって言ってるでしょ!?」と逆に怒りを買って、納得いかない顔をして怒りを押し殺している人も多いのでは?納期の遅さにイライラしている上司が、まずすべきことは、何でしょう?

よく話を聞いてみると、まず「いつまでに提出せよ」と仕事の納期を指定していないケースが多いです。「やっておいてくれ」で終わり。せいぜい「なるべく早くやるように」と付け足す程度。これでは、「早い」の基準が上司と部下では違いますから、そこにイライラの原因がありますね。とは言え、忙しい上司としては、あれこれ細かく指示すること自体がわずらわしいのです。部下の「早くやれないことの言い訳」は聞きたくないですしね。 私は以前、そういうストレスを避けるために、仕事を依頼する際に行っていた質問があります。それは、とても機能しました。こんな感じの会話です。

和仁「この仕事、急ぎなんだけど、いつまでにやれる?」(まず本人の希望を聞く)
後輩「10日以内なら、やれると思います。」(割とアバウトかつ安直に答える)
和仁「そうか、それをやるのにトータルで何時間かかるだろう?」(時間見積を計算させる)
後輩「う~ん、え~、1時間くらいだと思います。」(ここで初めて具体的に考える)
和仁「なるほど、その仕事を1時間だけ使ってやるとして、急ぎで依頼したいのだが、いつまでにやれる?」(後輩の焦点を、「仕事そのもの」から「1時間の確保」に移す)
後輩「1時間程度なら、明日やってしまいます。」
和仁「そうか、ありがとう。よろしく頼むよ。あさっての朝イチで確認するから。」

この会話の中で私がやったことは、部下が仕事を先送りする(あるいは保険をかけて余裕たっぷりの納期設定をする)癖があることを前提に、具体的な時間見積を立てさせ、その時間の確保を要求することにシフトする、ということです。 仕事を依頼するときは、この会話を付け足すだけで何倍もスピードアップするかも。

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2003年3月 1日 (土)

Vol.47 『ビジョンなきキャッシュフロー経営は、 あなたのエネルギーを抑えつける。』

 私がコンサルタントとして開業してから一貫して柱としている考え方に、「ガラス張りキャッシュフロー経営」があります。これは、お金の入りと出のバランスを考えながら、その出入りするお金に目的別に色をつけ、ビジョンを実現させていく経営手法です。具体的には、キャッシュフロー計画表をつくり、毎月全スタッフでそれを見ながら、今どこまで目標が達成できているか、どこに問題があるかを経営者と一緒になって考えるのです。

 最近、このキャッシュフロー経営を行う上で、ある重要な前提条件があることを痛感しています。それは、あくまでビジョンがあってこそのキャッシュフロー経営だということです。

 これを何年も繰り返していくと、当然ながらスタッフにも経営者と同じようにお金の流れや現状の資金繰り状態が分かります。つまり、良くも悪くも「先が見える」のです。通常、先を見通せるのは、良いことと思いがちですが、これからの見通しが険しく、目標達成が困難に見える場合、まだ時間的猶予があるにも関わらず「あきらめモードに入りやすい」という欠点があります。

 なぜ、そんな簡単にあきらめモードに入ってしまうのでしょうか?そこには、1つ大きな理由があります。それは、自分を奮い立たせるビジョンがない(あるいは色あせている)からです。例えば時間管理もそうです。体系的に時間管理を学ぼうとして、一生懸命システム手帳を使いこなそうと頑張っているうちに、それを書くのが目的になっていて、いつの間にか本来の目的であるビジョンがどこかに行ってしまう。そうなると、時間管理も苦しくなってくるのです。そして、エネルギーが吸い取られていき、「どんな経費を削ろうか」「人を減らそうか」とマイナス思考に陥りやすくなるのです。本当はキャッシュフローも時間管理も、ビジョンを最短距離で実現させるための道具であって、目的ではありません。ビジョンがあっても、金も時間も使いたい放題のどんぶり経営ではまずいので、お金と時間の枠組みをつくるのです。それなのに、いつのまにか目的と手段が逆転してしまうことがあるのです。

 今、自分のおかれている状況が苦しいと思っている方へ。あなたのビジョンは明確ですか?そして、それを人に話しながら、自分自身が奮い立ちますか?

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2003年2月 1日 (土)

Vol.46 『“やれない”のか“やらない”のか。』

 宿題というのは、学生時代だけかと思ったら、社会人になってからも発生するもので、私もよくクライアントに推薦図書や演習などの宿題を出します。当然、その人にとって必要だと私が判断し、ご自身も「是非やる必要がある」と考えたことに限ります。ここで、たまに起こる問題は、「その宿題が必ずしも期限通りになされるとは限らない」ことです。これは私自身にも言えることです。先日、あるお誘いに対する返答で「参加できません。」と伝えたところ、「参加できないのか、参加しないのか、どちら?」と尋ねられた際に、ハッと気がつきました。結構、安易に「やれない」と言っているけど、本当は自分の意志でそれを決めているところがあるのでは、と。

やらない理由を尋ねると、

「忙しくてやれませんでした。」
「急用が立てこんで、やれませんでした。」
「難しくてやれませんでした。」

といった答えが返ってくることがあります。共通点は、「やれませんでした。」という言葉が使われることです。しかし、その人がやらなかった理由は、本当に“やれなかったから”なのでしょうか?

「忙しくてやれませんでした。」は、私なりに翻訳すると、こうなります。
「忙しくて、ほかに優先順位が高いと判断したことがあったので、あなたとの約束を守るよりも、そちらを優先したかったので、やりませんでした。」

「急用が立てこんで、やれませんでした。」は、私なりに翻訳すると、こうなります。
「急用が立てこんだため、やることの優先順位を見直したところ、あなたとの約束の優先順位が低くなったため、やりませんでした。」

「難しくてやれませんでした。」は、私なりに翻訳すると、こうなります。
「難しくて、自分ひとりでは理解できず、かと言って、あなたに相談するもの面倒くさかったので、やりませんでした。」

まるで、何か自分の努力の枠外の影響で“やれていない”みたいに言うのはやめて、正直に“やっていない”と言うとしたら、それでもやはり、“やらない”ですか?

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2003年1月 1日 (水)

Vol.45 『伝言ゲームが、組織の生産性を低下させる。』

 組織を活用してビジョンを追求するというのは、とても楽しいことです。仲間の成功に自分が貢献し、また自分の成功のために仲間の協力を得て、一丸となって目標に向かって走るのは、結果も大切ですが、そのプロセス自体も楽しいものです。 しかし一方では、多くの場合とても難しい問題が起こっています。それは、「報・連・相がスムーズでないと、エネルギーが吸い取られて、生産性がダウンする」ということです。 例えば、こんな話があります。

 月初の会議で、上司が部下に「今月の20日の午後12時迄に支店の部門別売上データをメールで送って欲しい」と指示をしました。その上司は翌21日の営業会議でそのデータを利用して客先でプレゼンをする予定でした。そして、「20日は昼過ぎに事務所に戻り次第、部下からのデータを受け取り、1時間で加工をして、その後すぐにもう3件、営業に出かけよう」と予定していました。しかし、20日の昼過ぎにメールチェックをしても部下からのメールは届いていません。分刻みで動いている上司としては、約束の時刻に必要なデータが揃っていないのは死活問題です。そこで、上司はすぐに部下の携帯に連絡を入れました。
すると、「すみません、今、支店から売上データをFAXしてもらっているところです」とのこと。上司は烈火のごとく叱り飛ばしました。「今ごろ、何やってるんだ!なぜ20日の午後12時に間に合うように、予め支店に連絡しておかなかったんだ!しかも単なる売上データではなく部門別売上だぞ。」結局、上司は、必要なデータを部下がそろえるまで営業に出かけることができず、その日は事務所で時間を潰すことになりました。

 このケースでは、何が問題だったのでしょう?まず、部下は上司から依頼されたことを、正確にメモをしませんでした。ポストイットに「20日に売上データ」とだけ書き、机の上にペタっと貼っただけ。また、仕事を受けたときに、依頼された内容と自分の解釈に間違いがないかを確認することを怠りました。納期感覚が低いとしか言いようがありませんが、社内での仕事のやり取りにおいては、こういうケースは非常に多いです。組織で仕事をする場合、人によって基準の高い・低いの差があると、必然的に低い人に基準が合っていきます。すると、スタープレイヤーがいても必ず生産性は下がります。お客さんも社内の仲間も同じ仕事相手。「伝言ゲームをしていては信頼を無くす」という緊張感は持っていたいものです。

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2002年12月 1日 (日)

Vol.44 『非カリスマ経営者が、社員をまとめるには?』

先月、新しい会社を設立しました。この会社は私のクライアントおよびビジネスパートナーと共に、ある大いなるプロジェクトを進めていく目的で1年半の準備を経て法人化しました。参画メンバーはみな経営者であり優秀なビジネス・パーソンばかりです。私が実践している、お金と時間とコミュニケーションのスキルも全てマスターしている人たちでもあります。よって「もともとスキルとモチベーションの高い人が集まっているのだから、組織運営はさほど難しくはないだろう」とタカを括っていました。しかし、甘かった。いくら同じビジョンを持ってスタートしたとは言え、背景の違うメンバーが集まっているのだから、それぞれの捉え方には微妙なギャップがあります。よって、具体的に事業をスタートすると、様々な課題が出てきます。計画が予定より遅れてズレ込んだり、判断基準に微妙な差があったり、コミュニケーションの生命線であるメールでの報告・連絡・相談のレスポンスが遅かったり(無かったり)・・・。

そういう訳で、私は「いかにスタッフをビジョンに向かって同じ価値観とスピード感で走らせるか」について考えました。今までによくあった成功型の組織体とは、カリスマ性のある経営者がビジョンに向かってグイグイ引っ張り、それに皆がついてくる、という形でした。しかし、私自身はそういうカリスマ経営者のセルフイメージはありませんし、それは目指す組織体像でもありません。ならば、どうすれば良いか?

そこで私は、短期間で「我々が大切にしたい価値観」を文章化するプロジェクトをスタートしました(リッツカールトン大阪のクレドのように)。そして、2010年にどうなっていたいかの理想像を作文にする「ビジョナリーダイアリー(未来日記)」を書くプロジェクトも同時進行させています。私が1人で作るのではなく、全員でつくるプロセスに意味があります。この真の目的は、全スタッフの意思統一を図り、同じビジョンに向かって全力投球できる土壌をつくるためでもありますが、もう1つ意味があります。それは、経営者である私が、自分よりも年齢も経験も上の経営者をまとめる上で、躊躇せずにズレを指摘しやすくすること。そして本質的には、そうするまでもなく自己軌道修正モデルを確立することです。

人に言われて直すのではなく、自分達が考えたスタンダードと照らし合わせて、各自が自己判断で軌道修正できる自律的な組織体をこれから創っていきたいと考えています。

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2002年11月 1日 (金)

Vol.43 『提案を与えるよりも、選択肢を与える。』

コンサルタントの仕事のイメージって、どんな感じですか?「経営の改善について提案してくれる人」でしょうか。しかし、私は日ごろ、なるべく提案をしないようにしようと意識しています。「どういうこと?それが仕事でしょ?」と思われるかも知れませんが、つまり、こういうことです。

1)“提案”と“要求”は紙一重である。人から要求されることが嫌いな人は、こちらが提案のつもりでも「要求された」という窮屈感を感じてしまうことがある。
(ちなみに、“提案”は相手に「やる、やらない」の選択権が大幅に委ねられるが、“要求”はそれがあまり無く、半ば強制的ですね)

2)その提案が的を射ていない場合、提案された方としてはむやみに断ったり否定できず、かと言って、それを上手く伝えられずにストレスになることがある。
(つまり、提案を否定することが、「せっかく提案してくれた相手を傷つけるのでは」と変に気を使ってしまうことがあるのです)

ならば、どうすれば良いかというと、私の考えはこうです。

「提案を与えるよりも、選択肢を与える。」

つまり、提案をした場合、その案が良ければYES、悪ければNOとなります。ここで1つ厄介なことは、「提案内容」と「提案してくれた人の人格」が同一化しやすいということ。
自分の提案に対する反応がYESだと嬉しいし、NOだと悲しかったりします。YESだと自分が認められたと思い、NOだと自分が否定された気になることがあるのです。これは、私がそう思うということは、逆の立場でもやはり同じことでしょう。
  しかし、「A案とB案、あるいはそれ以外の案(を探す)の3つあるけど、どれが良い?」と選択肢を与え、相手に選ばせたら、どうでしょう?相手はそのどれかを選ぶはずですから、NOとはならない。そして、お互いに傷つくことはありませんね。たったそれだけのことでコミュニケーションがスムーズになるので、不思議なものです。

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2002年10月 1日 (火)

Vol.42 『大義名分は、決断を促す。 』

 ダイエット中と宣言している人が、どうしても甘いものを食べたいときに、「今日はいつもより長い距離、歩いたから」「今日は筋トレ、頑張ったから」と自分に言い訳をして食べている姿を見たことがあります。

 また、私の妻が、夕食の用意をしたくなさそうな顔をしていたので、「今日は外食にしようか?」と誘うと、「でも・・・(後ろめたい)」と渋るのですが、「ホラ、今日は1つ大きな仕事が成功したから、お祝いということで」なんて大義名分を持ち出すと、「そ~お?」なんて言って、安心して出かけます。ここには、どんな心理が働いているのでしょうか?

 これは、人は大義名分があるとカンタンに決断できるということではないでしょうか。「大義名分」の意味を辞書で調べると「自分の行いの理由つけとなる明確な根拠」とありました。「人は、意味がないことはやり続けられない」と聞いたことがありますが、裏返せば、自分にとっての意味さえ見出せれば決断でき行動できるということですね。

 これは、良い方にも悪い方にも使えるなあと気づきました。プラス思考の人は「自分を後押し」するために使うし、マイナス思考の人は「逃げる言い訳」に使うということです。

 よく「できない」言い訳をする人がいます。その多くは「できない」ではなく「やらない」が正しいようで、いつも私は「この人はナゼ言い訳ばかりするのだろう?」と不思議に思ってきました。でも、本人にすれば、やらなかったことに大義名分をつけておかないと不安になるのでしょうね。ならば、言い訳をさせなければ、やらざるを得なくなるのかも!?
 一方、自分の行動を後押しするための大義名分とは何でしょうか。例えば、私は自分のセルフイメージを機会あるごとに人に伝えたり、手帳に書いてチラチラ見みたりするのですが、これは自分が今やろうとしているチャレンジの意義を自己説得するためです。
「私は○○という存在なのだから、このチャレンジは勇敢に立ち向かっていかなきゃ!」
この大義名分が自分の中にあるからこそ、迷わずやれる、と思っています。

 この原理を商売に活用したら、お客さんにとって「今、購入を決断するに足る大義名分」を売り手側が用意してあげられたら、もっと購買が進みそうですね。

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2002年9月 1日 (日)

Vol.41 『10人の会議でも、1対1の面談と同様、 うなずきながら話を聞く。 』

 クライアント先で経営会議をしていると、面白いことに気が付きます。それは、「会議に参加する人数によって、発言者の話を聞く姿勢が違う」ということです。具体的には、こうです。

◆ 3人程度の会議 全員がうなずきながら発言者の話を聞く。
◆ 5~7人程度の会議 数人はうなずき、数人は無反応で発言者の話を聞く。
◆ 10人以上の会議 ほとんどの人が無反応で発言者の話を聞く。下を向いている人も多い。(資料を見ているのか、よそ事を考えているのか良くわからない)

 なぜ、人数が増えると聞き手のリアクションが落ちるのか。これは、参加人数が増えることで、その場における自分の位置付けが変わり、姿勢が変わり、反応も変わるということだと思います。たとえば2人(1対1)で話をしているときは、聞き手は、ちゃんと反応するわけですよね。目の前の人が自分だけに向かって話しているのに、無反応でいることはかなり困難です。誰だって、うなずいたり、あいずちを無意識で入れます。3人でも同様ですね。聞き手は自分ともう1人しかいないので、まだ当事者でいられます。
 これが、さらに人数が増えて、5~7人くらいになると、「自分が会話に参加しなくても誰か他の人が対応するから」という感じになり、みな無意識のうちに反応しなくなります。話し手との距離感が出来るとも言えます。そして、10人以上になるとさらに多くの人がそういう感じになり、50人以上の講演会などになると、うなずいて聞く人は1人か2人です。
 このことは、会議を進行する人と参加する人、双方が損をしていることに早く気づくべきだと私は考えます。誰だって、話しやすい雰囲気の中で話したいし、その方が議論も活発になるので、求める成果も得られやすくなるからです。

 そのコツは非常に簡単。会議では、話を聞くときに発言者を見て、うなずくこと。それをルールにすれば良いのです。そして、会議を始める前に必ずアイスブレイク(お互いの緊張感をほぐす会話のやりとり)を入れること。ぜひお試しください。

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2002年8月 1日 (木)

Vol.40 『やる気のある人の行動を後押しするコツは、 ①傾聴⇒②フィードバック⇒③承認⇒④提案。 』

 コ―チングという、質問によって相手の行動を後押しするスキルを日々のコンサルに意識して使うようになって、2年半になります。以前は「どうやってこのテクニックを駆使しようか」に頭がいって余裕がないこともありました。でも今ではほとんど無意識にやっているので、あまりテクニックは考えず、相談者の言うことに全集中して聞いています。無意識にやれるようになると、自分がやる分には良いのですが、そのノウハウを人に伝えるときに困ることがあります。そこで、先日パートナーに私のコーチングのやり方を解析してもらったところ、こんな答えが返ってきました。

  和仁さんのコーチングは、シンプルに言えば、
「①傾聴⇒②フィードバック⇒③具体的な承認をしながら⇒④ときどき提案」
 の繰り返しですね。

そのとき、私は大きな気づきを得ました。
「そうか、私がやっていることは、こんなに簡単なことだったのか!」
つまり、以下の4つことを無意識にやっていたのです。

①傾聴      相談者の話を、あいづちをうちながら熱心に聞く。
②フィードバック その話の全体像を共有するために、整理してオウム返しをする。 紙に要点を書き出して、2人で眺めるとさらにギャップを埋められる。
③具体的な承認 私自身が共感した部分を具体的に指摘し伝える。
④ときどき提案  「気がついたことがあるんですけど、言っていいですか?」と 切り出して、私の意見や感想を言う。時に提案や要望を伝える。

 自分が当たり前と思って無意識でやっていることは、調子の良し悪しでブレます。それを、第三者に解析してもらい、法則性を整理しておくと、常に一定の品質を保つことができ、伝授するのも容易になります。次にステップアップするためにも、やっておきたいことです。

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2002年7月 1日 (月)

Vol.39 『最初に思い浮かぶ質問をプラスに変えて、 堂々巡りのダンスをさせない。 』

 思考には人それぞれのパターンがあります。たとえば何か新しいことに挑戦し、トラブルが起こったときに、人によって思うことは違います。

  Aさん⇒「うわっ!なんで、こんなことが起こったんだろう?」
  Bさん⇒「このことは、私にどんな気づきをもたらすのだろう?」

 この最初に思い浮かぶ質問によって、その後の思考パターンは自動的に決まってしまうようです。

 Aさんの場合は、「なんで、こんなことが起こったんだろう?」⇒「ツイてないなあ」⇒「やっぱり、自分にはこの仕事は向いていないのかも・・・。」となり、停滞あるいは後退につながります。

 Bさんの場合は、「このことは、自分にどんな教訓をもたらすのだろう?」⇒「成功するには、きっと何かプラスαの条件が必要なんだろう」⇒「それは何だろう?周りの人たちに相談してみよう」となり、解決策および前進につながります。

 先日、ある社長と話をしていました。彼は意欲的な方なのですが、思考パターンに特徴があります。それは、マイナスの口癖が多いという点です。私が何か提案をすると、本人はそれを本当はやりたいのに、つい「本当にやれるのかな?」と漏らすのです。おそらく無意識です。この「本当にやれるのかな?」という質問の次に来る(耳には聞こえない)質問は何だと思いますか?そうです。「いや、できないんじゃないかな。」という言葉です。そして、その後に来る言葉は、「でもなんとかしたいなあ。」「でも難しいよね。」と堂々巡りをするのです。そこで、私はその社長に言いました。「そういう堂々巡りをしている状態って、舞踏会でカップルが永遠にグルグルとダンスをしている状況に似ていますね?」「・・・!」
 それ以来、彼はその思考パターンに入りそうになると、ふと我に返るようになりました。

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2002年6月 1日 (土)

Vol.38 『直感で動いて、未知なる可能性を広げる。 』

 本をつくりました。開業以来、毎月書き続けたワニレポが3年分たまったのをきっかけに、1冊の本にまとめてみたくなったからです。自費出版の場合、コストもかかるし、それなりにまとまった冊数をつくらなければなりません。「本当に、そんなに多くの人たちに読んでもらえるのだろうか」「採算割れになってしまうのではないか」など、いろいろな不安が頭をよぎりました。

 通常、私の仕事の仕方は「ゴールを決めて、それを逆算して」動きます。なぜなら、ゴールが明確でなければ、途中で挫折したり、成果を評価できなかったりするからです。また、ゴールが不明確なためにまわり道をしたり、非効率に二度手間なことをしてしまうこともあります。

 しかし、この本をつくることについては、直感で決めました。「まあ、知り合いに配ったり、セミナーで販売すれば、それなりにさばけるだろう。それに、コンサルタントという目に見えにくい仕事をしているので、パンフレットがわりになるかも。」という感じです。
 つくってみて、1ヶ月たった今、「やってみて分かった成果」がいろいろありました。

1) 親・親戚・友人に、私がどんな仕事をしているかを知ってもらえた。
(私の親は、いまだに私がどんな仕事をしているか、よく分かっていない)
2) クライアントに、私の考え方を再確認していただけた。
3) クライアント以外の方にも、私のスタンスをお伝えでき、精神的な距離感が縮まった。
4) 読まれた方が、まとめ買いされ、知人にプレゼントしてくれた。
5) 出版経験のある方に、より魅力的な文章の書き方をする上での具体的なアドバイスをいただけた。
6) 日頃私が御用達にしている本屋さんで、販売してくれることになった。

 今後、まだまだ"思わぬ成果"が出る予感があります。ゴールからの逆算発想と同時に、一方では直感で動くことが、未知なる可能性を広げてくれることを改めて実感しました。   その両方のバランスが大切なのかも知れませんね。

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2002年5月 1日 (水)

Vol.37 『語尾を"言い切る"と、覚悟が生まれる。 』

 人の話を聞いていると、説得力のある人とそうでない人がいます。本人がせっかくやる気になっていても、それが100%相手に伝わらないとき、何か原因があるはずです。 そこで、両者の違いがどこにあるのかな、とよく聞いていると『語尾の使い方』にあることに気がつきました。
 語尾を「言い切る人」と、「濁す人」がいます。たとえば、何かアクションを起こすことを宣言するとき。

●言い切る人⇒ 「私は今月、書き出した計画の全てを実践し、必ず目標を達成します」
●濁す人  ⇒ 「私は今月、なるべく計画通り行い、目標達成に向けてがんばります

 言い切るのは、リスクがあります。それを言った手前「やれなかった場合にどうしようか」と連想してしまいます。だから、多くの人は言い切ることをせずに、「・・・できるよう、がんばります」「できれば・・・」「・・・しようと思います」という風に語尾を濁します。私自身も結構、無意識のうちに使っているようです。

 確かに、お客さまに無謀な約束をして破ってしまえば、信用に関わりますし、友人や知人に対してもいい加減なことを口にすることはまずいと思います。だから、私たちは無意識のうちに無難な言葉を選んでしまいますよね。特に、真面目な人ほどその傾向がみられます。

  しかし、言葉は大切です。口癖のように言っていることが、実は自分に言い聞かせている呪文のような効果を果たす場合があります。特に「できれば・・・」「なるべく・・・」などの言葉には、隠れた言葉があるから要注意です。

● 「できれば・・・」⇒「きっとできないと思うけど、できれば・・・」
● 「なるべく・・・」⇒「全部は無理だと思うけど、なるべく・・・」

というマイナスの言葉が隠れているのです。それを何度も言っているうちに、本当に「きっとできない」と思い込んでいるとしたら、バカバカしいと思いませんか?

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2002年4月 1日 (月)

Vol.36 『怒りのスパイラルを利用して、 自分を一気に成長させる。 』

 怒りのエネルギーはとてつもなく強いものです。このエネルギーを仕返しに使う人もいるし、それをバネにして自分を成長させる人もいます。先日、伊藤守さんのコミュニケーションに関するセミナーで、こんな話を聞きました。相手の言動に対して、こちらの思考がどのように動くかの流れです。

 例えば、相手に失礼なことを言われたり、嫌なことをされたとします。その時、私たちは、

え? → なぜそんなこと言われるの? → 頭にくる! → 仕返しをする

という順番に発想するようです。そして相手も同様に受け止め、こちらに仕返しをしてきます。すると、仕返しの繰り返しでお互いに傷つけ合うという最悪の状態が出来上がります。

 この怒りのスパイラルを、プラスに利用したらどうなるでしょうか?私はこのことを意識する前から、怒りを自分のプラスになるような方向に結び付けていたことに気づきました。

 例えば社会人になって初めの頃、「なんでこんなことが分からないんだ!」「ちょっとは頭を使え!」と、毎日のように怒鳴られていました。営業では、お客さんから「今、忙しいから、またにしてくれるか」と軽くあしらわれました。研修の講師をやれば、緊張によるぎこちない進行に、失笑が起こることもありました。
  その頃は「ナニクソ!」と一人で怒りを溜め込んでいました。そして、相手に仕返しをすることができなかったため、その怒りは「今に見てろよ!」と自分を成長させる爆発的な原動力になりました。

 今思えば、自分を成長させる最大の原動力は「怒り」のような気がします。しかし、大人になるとビジネスシーンで怒りを感じるチャンスが意外に少なくなります。このことに気づいてから、怒りを覚えるときはチャンスと思えるようになりました。

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2002年3月 1日 (金)

Vol.35 『ビジネスの成功公式を持つ。』

 ビジネスに限らず、何かを上手く成功させたい時に、自分なりの公式というか枠組みを持っておくと、力の入れどころや入れ具合いがはっきりすることがあります。こういうものは、厳密に正誤を問わず、おおよそ本人が納得できれば良いでしょう。

 ちなみに私にも、ビジネスの成功公式があります。それは、

ビジネスの成功 = 考え方 × ビジョンの明確さ × 行動力

というものです。つまり、成功につながる考え方と、その成功のビジョンが明確になっていること、そしてそれに向けての行動力があることが掛け算になっているということです。

 少し解説しますね。
 なぜ足し算ではなく、掛け算なのか?それは、どれか1つでもマイナスになっていると、結果は「大失敗」になるからです。例えば、いくらビジョンが明確で行動力があっても、考え方がもの凄くマイナス思考で、犯罪を犯す方向の考え方をしていたら、決して成功するとは思えません。また、いくら考え方やビジョンの明確さが素晴らしく良くても、行動力がゼロであれば、結果もゼロです。だから、掛け算かなと思いました。

 考え方とは、ビジネスにおいては、理念や信条と言われるものです。どんなこだわりや信念を持って取り組むか、それが世の中のためになっている度合いがどれくらいか、ということです。ビジョンの明確さとは、「辿り着きたいゴールがフルカラーでイメージできるかどうか」ということです。行動力とは、「やるべきことがはっきりしたら、迷わず全力で走る」ということです。

 自分の体験を通して、また成功している人を見ていて、このような公式が頭に浮かびました。そして、私のコンサルタントとしての役割は、クライアントの「考え方」「ビジョンの明確さ」「行動力」のそれぞれにプラスの影響をおよぼし、成功に到達しやすくしてあげることだと考えたら、なんだか頭がスッキリしました。

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2002年2月 1日 (金)

Vol.34 『強い"責任感"が組織の生産性を倍増させる。』

 組織の形が、数年前と比べて、大きく変わったなあ、と感じます。今では部門の枠を越えて、仕事がプロジェクトごとにくくられ、そのプロジェクトごとにリーダーがいて機能しています。そうなると、優秀な人は部門のリーダーもまかされつつ、プロジェクトのリーダーも担う、ということになります。中には2つ3つのプロジェクトのリーダーを担うという人も出てきます。

 このような環境の中で、組織が生産性高くあるために、もっとも大切なこと。それは「自分の役割に責任を持つこと」だと言えます。具体的には「常にタイムリーにリーダーに状況報告をすること」です。各自が仕事のプロとしての責任感を持つことで、お互いに対する信頼感が生まれます。すると、お互いの役割分担をより尊重でき、役割が重ならなくて済むため、爆発的に生産性がアップします。  
 逆に誰か1人でもいいかげんな人がいると、リーダーは「そういえば、あの仕事は問題なく進んでいるのかなあ」と不安が頭をよぎります。ここにムダなエネルギーが発生します。つまりそれは部下が考えるべきことなのに、リーダーが同じように頭を悩ませており、 「役割の重複」になっているのです。リーダーがそのことを考える時間はわずか数分でも、頭の中を占める不安のマイナスエネルギーは見逃しがたいほど大きなものになります。つまり、たった1人の責任感のない行動が、リーダーのエネルギーを吸い取ってしまい、組織の力を大きくパワーダウンさせるのです。  

 以前、私が部下だったとき、このことはよく分かりませんでした。しかし、クライアントや外部パートナーの協力を得ながら仕事を進めることを経験するにつれて、強く実感するようになりました。幸い、私のパートナーはこのあたりの使命感が強いので、安心して仕事を任せることができます。そのおかげで、私は次々と自分が本当にやるべき仕事に没頭でき、生産性をアップさせ続けることができています。

 営業のことはあなた、総務はあなた、Aプロジェクトはあなた、と各自が自分の役割における責任を100%果たす状態ができれば、トップの精神的負担は大きく軽減し、先のことを考える余裕が生まれます。それが企業を発展させるベースなのではないでしょうか?

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2002年1月 1日 (火)

Vol.33 『たった1つの質問が、明暗を分ける。』

 コ―チングというスキルをコンサルティングに活用するようになって、私自身多くの成果を得られました。その中でも私にとって大いなる収穫だったことは、「自分に対して行う質問」に意識を向けるようになったことです。

 コーチングは質問によって相手の行動を後押しするスキルです。そして、コーチングでは焦点を「過去」より「未来」にあてます。つまり、「原因追求」よりも「課題解決」にエネルギーを注ぎます。   
このことが腹に落ちると、例えばこのように自分に対する質問が変わってきます。
 
 <何か障害があって、思うように成果が得られないとき>

●かつての私が自分にした質問
    →「何が問題なんだろうか?」

●今の私が自分にする質問
    →「どんな条件が揃えば、期待成果を100%得られるのだろうか?」

この2つの質問は、大きな違いをもたらします。前者の質問はクヨクヨ感をもたらし、後者の質問はワクワク感をもたらしました。それは、後者の方が「期待成果を得られることを前提に発想するから」だと思います。
 

 これはセールスでも同じです。欲しそうなのに買うことを渋っているお客さまに「何が問題ですか?」と尋ねると、お客さまの頭の中は「買わない理由」がグルグル走り回ります。しかし、「どんな条件が揃えば、今すぐ買う決断ができますか?」と尋ねると、買うための条件を考え始めます。そしてお客さまがその答えを口にしたとたん、成約したも同然ですね。

 たったこれだけのことで、頭の中の検索エンジンを適切な、前向きな方向に走らせることができるなら、いろいろなことがやれそうな気がしませんか?

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2001年12月 1日 (土)

Vol.32 『"それを知らないと気持ち悪い" 状態をつくれば、 吸収力は10倍高まる。』

 あるクライアント先で毎月店長研修を行っています。参加者は皆、とても素直な方たちなので、お話ししたことは一生懸命メモをして吸収しようとしています。しかし、1ヶ月経って、「先月お話ししたこと、覚えてます?」と尋ねると、多くの人が曖昧な微笑みでごまかしている姿を見て、思いました。
「どうしたら、彼らの吸収力を高めることができるのだろう?」

 最近、そのコツが少しずつ分かって来ました。それは、「それを知らないと気持ち悪い」という状態をつくってあげて、その後にその「答」が書いてある場所を教えてあげるのです。あえて先に答えを言わない方が良いようです。
例えば、過去の復習をする際に、単純に「復習をしますので、●ページを開いて・・・」と話し始めても、話が彼らの頭を素通りしてしまいます。その状態でお話すると、一から説明しなければならないので、復習に15分かかりました。そこで、ある日質問してみました。
「先月お話しした、○○についての4つのポイントは、何でしたか?」

 人は質問されると、脳が勝手に働き始めます。過去に教わった記憶があるのに答えが出て来ないとき、気持ち悪い感じがします。
「え~っと、なんだっけ!?なんとなく思い出せそうなんだけど」

 この時、彼らは、「○○についての4つのポイントは何だ?」という検索エンジンをフル稼働させます。つまり、脳に「?」の信号を送っています。しばらくして脳内が「?」で満たされた頃に、彼らに「その答えは●ページにあります」と言うと、高速回転でテキストのその場所に意識を向け始めます。そして答えを発見すると、「ああ、そうだった!」となります。つまり、脳が「!」の信号を発します。すると、すぐに思い出し、もう忘れません。
 私が質問を投げかけて、考えさせ、答えを確認するまでに使った時間は1~2分です。かつて復習に15分かけていたときの10倍のスピードで吸収できたことになります。
 何かを覚えたいときは、先に「?」の信号を送ることは、とても大切だと気づきました。

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2001年11月 1日 (木)

Vol.31 『ワンテンポ置かないだけで、周りが変わる。』

 スピード化の重要性がいたる所で言われるようになりました。携帯電話のメール機能の発達や、通信回線の環境が良くなったことなど、情報インフラが劇的に変わっていることも一因だと思います。

 私はメールの返信は基本的に24時間以内を心がけています。また、緊急の依頼があった場合は、できる限り最短時間で提示することにしています。なぜか?その理由は、相手の都合への配慮はもちろんですが、私の都合もあります。

 <相手の都合>早く返事を受けた方が次の段取りに移りやすい(遅くてイライラされることはあっても、早過ぎて迷惑をかけることはない)

 <私の都合>早く返した方が、常に受け皿を空っぽにしておけるので、精神的な負担が小さい。(受け皿がいっぱいに溜まっていると、ストレスも溜まる)

 実際にはさらにプラスαの効果があることを感じます。それは、「相手の期待を超えるスピードで返すことで、相手も自分の問いかけや依頼に早く返答してくれるようになる」ということです。すると、お互いのキャッチボールが高速化していきますので、自分の仕事のペースもますますスピードアップしていきます。ここで、どちらかがワンテンポ置いてしまうと、そのままスローダウンしてしまいます。

 自分の努力だけで出す成果には限界を感じることがあっても、このクイックレスポンス(素早い返答)をお互いが心がけることで、相乗効果が発揮され、信じられない成果を引き起こすことも出てきます。クイックレスポンスとは、言い方を変えれば、「ワンテンポ置かない」ということ。自分宛に来た封筒を「後で見よう」と机の上に積み上げて一息つくことは、そこでワンテンポ置くことになります。そうではなく、受け取った時点で封を切って、内容にざっと目を通して破棄するか返信するかを判断するまでを「1アクション」と決めておくと、それだけでかなりスピードアップします。これをクセにできたら楽ですよね。

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2001年10月 1日 (月)

Vol.30 『過去最大の苦労体験をレベル10として、 今のレベルを採点する。』

 小さな悩みが、頭の中で大きく膨らんでしまうことがあります。ついこの間まで調子が良かったのに、ちょっとしたきっかけで勢いが止まり、思考が後ろ向きになってしまうのです。「人間は感情の動物である」という言葉を聞いたことがありますが、そんな時にいかに自分が感情に支配されやすいかを痛感します。

 私はそんな弱い自分を自覚して以来、ちょっとした工夫をするようになりました。それは、『過去最大の苦労体験をレベル10として、今のレベルを採点する』というものです。例えば私の場合、社会人となって、やることなすこと失敗ばかりで自信喪失になりかけたことなど、自分の中での最大の苦労体験を10点満点とします。それと今目の前にある問題を比較して、採点するのです。すると大抵の場合、たかだか5点とか6点くらいのものであることに気づきます。  
このちょっとした採点作業がもたらす効能には、このようなものがあります。

  1. これまで乗り越えてきた壁に比べれば、
       その問題はさほど大きくはないことに気づくことができる

  2. 頭の中でどんどん膨らむマイナス思考にストップをかけ、
       プラス思考に転じ易くなる

 それでも、なお大変な壁が起こる場合もあります。その場合、私は「レベル10の水準を引き上げるチャンスだ!」と捉えるようにしています。この壁を乗り越えた時、自分の限界点がより高くなるので、その後に訪れる壁が相対的に低いものと感じられるであろうことを楽しみにするのです。もちろん、問題に直面している時はなかなかそうは思えない場合もありますが、頭の片隅にそういう冷静な自分がいて、そんな見方をしています。

 いずれにせよ、頭の中にあるモヤモヤは放っておくとどんどん大きく膨らんでしまうので、早めに圧縮して退治してしまう方法を持っておくと、より楽しく生きられる気がします。

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2001年9月 1日 (土)

Vol.29 『"ワクワク感"と"ナニクソ根性"は 両輪で、どちらも必要。』

 " ワクワク"というキーワードを最近よく耳にするようになりました。私自身も経営理念に折り込んでいるので敏感になっているのかも知れませんが、私の周りでは確実にそれを口にする人が増えています。これはおそらく、高度成長化時代の「ガンバリズム」から脱却し、サービス社会における「心の豊かさ」を求める人が増えてきたことの表れで、とても良いことだと思います。ただ、最近私自身に関しては、それだけでは不十分であることに気づきました。

 私自身が"ワクワク感"を強く意識し始めたのは、前の会社を辞めて独立してからです。サラリーマン時代はむしろ、"ナニクソ根性"がほとんどでした。何をやっても上手くいかない新人の頃はもちろんのこと、経験を重ねてからも、会社内外の諸先輩方に自分の未熟さを嫌というほど思い知らされたものです。もともと私は要領が悪い方なので、新しいことを始めると成果を出すのに時間がかかります。そのため、周りのプレッシャーや自分に対する苛立ちは毎日のように感じていました。そのときの"ナニクソ根性"を自分にとってプラスになる方向にぶつけ、瞬発力・行動力に変えていました。    そうは言うものの、やはりそれだけでは根負けしてしまうので、同時にビジョンを書き出して、「3年後はこうなっているんだ!」と"ワクワク"することを自分に言い聞かせて乗り切っていました。それがせめてもの励みでした。"ナニクソ根性"が9割という感じです。

 今はどうかというと、その頃とは逆です。自分が事業主である以上、上司も先輩もありませんので、やりたいことを好きなようにやれます。自分の意志で全てを決めることができるので、当然ながら"ワクワク感"が優先します。しかし時として、それが現状に満足して成長を停滞させる場合もあります。だからこそ、クライアントや友人・知人から指摘を頂いたときにはチャンスと捉え、"ナニクソ根性"につなげるように意識しています。

 瞬発力と持続力を高め、成長し続けるためには、「ワクワク感」と「ナニクソ根性」のバランスが大切なのかなと感じる今日この頃です。

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2001年8月 1日 (水)

Vol.28 『調子が悪いときは、基本をチェックする。』

 誰でも、調子の良し悪しはありますよね。調子が良いときは、そのまま勢いを加速していければ順調にコトが進む場合が多いのですが、調子が悪いと感じたときの立て直しは難しいと思いませんか?

 私の場合、自分が調子が悪くなってきた時に共通する「傾向」があります。これは多かれ少なかれ誰にでも言えることではないかと思うのですが、「基本がおろそかになっている」ということです。    コンサルティングという目に見えないモノを扱う私にとっての基本とは、第一に「時間管理」です。通常、私は大きめのスケジュール帳に、月間のスケジュールと1日毎の予定を具体的に書くようにしています。月間の予定は、1年先まで仮の予定も含めて書き込んでいます。さらに、1ヶ月間の予定については、1日毎に15分単位で具体的に落とし込むようにしています。

 私が調子を落としてきたり、気ぜわしく余裕がなくなるのは、大体このスケジューリングが甘くなっているときです。アバウトな計画の立て方をしていることで、「仕事が後追いで迫ってくる強迫観念」みたいなものが襲ってきて不安になるようです。  それから、本をあまり読まなかったり、自己投資の講習会に行くことを怠ったりして、インプットとアウトプットのバランスを崩した場合も調子がおかしくなってきます。

 調子が良いときは、それらのことを無意識にやっているのですが、それにかまけて、つい基本をいい加減にしてしまうと、気がつけば不調の波が待っています。

 最近はこれを予防するために「基本」を自分に意識させようとしています。具体的にはチェックリスト(自己投資の割合、健康投資の割合、読んだ本のリスト化など)をつくり、日常と月末に振り返る時間を「強制的にスケジューリングに組み込む」ようにしています。

 そのお陰か、最近は不調に入りそうになっても回復が早くなった気がします。

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2001年7月 1日 (日)

Vol.27 『"サービス"はデフレでも値下がりしない。』

 今、日本はデフレスパイラルに入り、ますますお金を使いにくい環境になっていると言われています。デフレとは、簡単に言うと「お金の価値が上がって、モノの価値が下がる」ことで、例えば「土地や株などの資産価値が減る→それを担保に借金をしている人は担保割れして返済を迫られる→返済するお金を用意するためにモノを買わなくなる→物価が下がり会社の業績が下がる→賃金が下がる→ますますモノを買わなくなる」という悪循環に陥っていることをデフレスパイラルといいますね。

 そこで、ふと考えました。「世の中の商品は、すべて値下がりしているのかなあ?」

 どうもそうとは限らないようです。例えば、今年に入って何年かぶりにコンサートに行きましたが、チケットは数年前と比べ格段に高くなっていました。プロレスなどの格闘技のチケットも同様でした。私がよく行くマッサージも、結構いい金額をとられます。よく考えたら、私が提供しているコンサルテーションも基本的に下がることはありません(中には価格を下げている人はいるようですが)。

 他にも値下がりせずに逆に値上がりしている商品はありますが、共通していることは、いずれも「それを欲しがっている人がいる」ことと「それがマンパワー(人手)を必要とする商品(サービス)である」ということです。

 マンパワーが必要な場合、効率化しにくいため、値下げができません。いや、できないことはないのですが、それをやったら自分で自分の首を締めてしまいます。すると、どうすれば良いかというと「値下げをするのではなく、付加価値を高めて値上げをする(または少なくとも現状維持)」しかないのです。知恵を絞って、どんどん進化していくしか生き残る道はないと思います。ということは、その上でサービスが効率化できたら、ますます競争力は高まるでしょうね。

 そういう意味では製造業や小売業も、デフレ時代で勝ち残っていくには、そのような発想で進化し続けていくことが大切なのだと改めて思います。

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2001年6月 1日 (金)

Vol.26 『"やらなきゃ(ビクビク)"は先送りされ、 "いい感じ(ワクワク)"ならスグやれる。』

 コンサルティングにおいて、クライアントと課題を明確化し、これから行うべきことを洗い出した上で、「何日迄に、これをやっておいてくださいね」と決まったにも関わらず、それが実行されていない、というケースがあります。これは特に「重要度は高いけども、緊急度はさほど高くない(1分1秒を争うほどではない)」場合によく起こるようです。

 これは、私が以前行っていた営業活動でも同様でした。「御社にとってこれは重要な課題で、そのためにはこれは必要ではないですか?」と尋ねると、「その通り」と返事があるものの、なかなか購入の意思決定をされないのです。  本人にとっては間違いなく重要なことのはずなのに、「なぜ先送りされてしまうのか?」と考えていたところ、とても当たり前の答えに辿り着きました。つまり「誰だって、面倒なこと、やっかいなことは先送りにしたい」ということです。そして、「そんな経営者にチェックを入れてくれる(歯止めをかける)上司はいない」のです。

 これは私自身も同様で、得意な仕事はあっと言う間にやってしまいますが、苦手な仕事は先送りにし、それが完了するまでの間もなんとなく気持ち悪い感じがしています。  「やらなきゃ」と思っている一方で「でもなぁ・・・」と消極的な気持ちが働きます。

 このことを自覚して以来、私は自分の手帳に「未完了・気がかりリスト」というフォーマットを差し込み、思いついた都度「気がかりなことや未完了のままの案件を箇条書きにする」ことを始めました。すると、それまでは頭の中で未完了なことが膨れ上がって「いずれやらなきゃ(ビクビク)」という恐怖感があったのですが、書き出して目で見ることによって、客観的になれて恐怖感が圧縮されることに気づきました。さらに、そのリストを眺めながら、「これらを完了した先に、どんな"いい感じ(ワクワク)"が待っているだろう?」と、わざと意識して想像すると、気持ちが前向きになってくるのを感じました。

 どうせやるなら、ビクビクしながらよりワクワクしながらやりたいですね。

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2001年5月 1日 (火)

Vol.25 『自分が出したアイデアを漏れなく実践する。』

 コ―チングというスキル(技術)がここ数年、ビジネス界で注目されています。これは、的確な質問を投げかけることで、クライアントの行動を促し目標達成を支援するものです。私自身も1年ほど前からこのスキルの習得をスタートし、日々のコンサルテーションに取り入れています。それまではコーチングのようなことを我流で行っていたのですが、体系的に学び、トレーニングを受けることで、以前に比べるとかなり主体的に目的を果たせるようになってきました。

 そこで、今年に入ってから私自身もプロのコーチと契約をし、私が深く掘り下げて考えたいテーマについて定期的にコーチングを受け始めました。そこで気づいたことは、「質問をされることによって、私自身がいろいろとアイデアを思いつき、自分で解決してしまうことも少なくない」ということです。もちろんコーチの的確な質問や問いかけがあってこその成果ですが、実はアイデアは外に求めるだけではなく、自分の奥底に眠っているということを実感しています。

 私は、そのせっかくのアイデアを忘れてしまっては惜しいので、コーチングを受けながらその会話を録音して、普段雑用をしているときに繰り返し聞くことにしました。自分の声というのは不思議なもので、嫌でも耳に入ってくるんですね。特に、関心の高い話題に触れるとフックがかかるように意識が向くので、聞き流すだけでもokだったりします。

 また、これは数年前からやっていることですが、日常生活で閃いたアイデアや気づきは、胸ポケットに常備しているノート型のポストイットにその場で書き込み、事務所の壁(椅子に座ったとき丁度目にとまる位置)にペタペタ貼っています。そして、あまりに多くなって壁に貼りきれなくなった頃に、1つ1つ目を通し、自分の中で解決した内容のポストイットははがして、A4のクリアファイルに貼って保管しています。以前はアイデアをノートに書いていたのですが、読み返す機会があまりなく、そのまま忘れ去られるケースが多かったので、それ以来、「自分が出したアイデアを、いかに日常的に目や耳に触れる環境をつくるか」を考えるようになりました。そうすることで、ここ最近は自分の中での「未完了」がずいぶん減ってきて、ストレスもあまり感じない生活を過ごせています。

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2001年4月 1日 (日)

Vol.24 『エネルギーの発散量と成長度は比例する。』

 3月から、私はスポーツクラブに通い始めました。1人だけではすぐに挫折しそうなので、妻と一緒に週末は汗を流しています。ある時、「ダイエットコース」という、90分のコースをとって、ランニングマシンや腹筋運動やマシントレーニングをやりました。そのときは4名の受講者に1名のトレーナーがついて、いろいろアドバイスをしてくれました。

 このとき私は、自分のコンサルティングの仕事とこのトレーナーの仕事は、ある点において「とても似ているなあ」と感じました。それは、以下の通りです。

「ダイエットは本人がどれだけ汗を流すか、どれだけ食事をコントロールするか、が大切であり、トレーナーがどれだけ一生懸命汗を流しても、それだけでは本人はちっとも痩せないということ」

「経営は経営者がどれだけ脳に汗をかくか、どれだけ自己管理を徹底するか、が大切であり、コンサルタントがどれだけ一生懸命考えても、それだけでは会社はちっとも良くならないということ」

 当たり前ですよね。エネルギーをたくさん発散した人が、その分成長するのだと思います。これは、上司と部下の関係でも同じですよね。なにかの本で「良い会議は社員にたくさん喋らせる会議で、悪い会議は社長が一方的に喋り倒す会議である」というようなことが書いてありましたが、まさに同じ理屈ではないでしょうか。私は以前はクライアントよりも自分の方がエネルギーを発散していたのですが、このことに気づいて以来、180度やり方を変えました。実際その方が成果も出ており、クライアントからも好評です。

 最近、ビジネスにおいて「コーチング」という概念がさかんに取り上げられるようになってきました。この「コーチング」のように本人に考える努力を促し、本人の視野を広げ、適切な思考回路をつくりあげるトレーニングを継続させてあげることが「成長」において有効だということだと思います。

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2001年3月 1日 (木)

Vol.23 『コミュニケーションは"血液"と同じ。 途切れれば死んでしまう。』

 入社してすぐに新入社員研修を受けたとき、とても印象的だった講師の言葉があります。 「会社組織ではホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談の略称)が大切です。企業におけるホウ・レン・ソウは人間の体内における血液のようなもので、きちんと流れないと死んでしまうのです。」その頃は、一般論として"分かったつもり"でいました。
 「そりゃあ、きちんと報告がなされなければ、小さな問題が大きくなってお客様に迷惑をかけたり、信頼を落とすから、会社の存続はできなくなるよな~」
 しかし、今ではその頃とは違った意味で、コミュニケーションの大切さを実感しています。今の厳しいご時世に成長を続けている企業に共通する点は、「社内の上下・左右間のコミュニケーションが良い」ということです。なぜそうなのかを私なりに考察してみます。

 コミュニケーションがとれている企業では、

1) 仲間に対して不要な遠慮をしない。助けてもらいたい時は、タイムリーにアラームを鳴らすことができる。よって、お客様の要求にスピーディーに対応していける。(コミュニケーションがとれていない会社は、何でも自分で抱え込み、報告も遅れ、仕事が後追いで余裕がない)
2) 経営者は、会社の現状(業績、資金繰り状況)を包み隠さず社員に伝えることができ、その結果1人1人の社員が経営者的発想で前向きに対策を考えはじめる。(コミュニケーションがとれていない会社は、経営者が一人で悩んで精神をすり減らし、肝心なところにエネルギーを割けていない)
3) お互いに声を掛け合い、励まし合うことで、士気が高まる。「協力し合って目標を達成しよう」という思いやりの空気が生まれ、生産性がアップする。(コミュニケーションがとれていない会社は、各自が個人プレーなので、規模のメリットが活かされず、効率が悪い)

 などが思い当たります。あなたの会社は、いかがですか?

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2001年2月 1日 (木)

Vol.22 『"その日、その時刻にアポイントが入っている" と思えば、時間はつくれる。』

 よく、『忙しい、忙しい』と口癖のように言っている人を見かけます。以前は私もよく言っていました。しかし、これははたから見て余裕がなさそうで、あまり良い感じがしませんね。また、自分自身が忙しいことを言い訳にして、やりたいことを諦めてしまうことがあり、これも問題かと思います。諦めた時点で、時間を作り出すことはできなくなります。

 あるとき、仕事が立て込んでいて、自分の身体を休めることができない時期がありました。「やってもやっても仕事が後から追って来る」感じがして、とても休みなど取れなかったのです。しかし、その後過労で、数日寝込んでしまいました。ダウンしていなければ、数日寝て過ごすなんて考えられなかったのですが、それでも結果的にはなんとかなりました。

 その時、気が付きました。「"過労で仕事が数日できなくてもなんとかなる"のなら、"ダウンしていなければ、その数日は前向きな休暇に充てられた"のでは?」と。

 また、違った角度で考えてみましょう。私は、本業に直接関係のない人と会うこともよくあります。しかし、そのために数時間を費やしたとしても、なんとか時間をやりくりできているものです。それならば、例えば「15日の午後1時から5時までは××さんと会うアポイントが入っている」と仮定して(実際には会わないのに)予定をあけておけば、その時間は自分の好きなことに充てることができるのではないでしょうか。

 つまり、自分の好きなことに充てる時間は"戦略的に""先手をうって"確保することが大切なのではないでしょうか。私はそれまで「仕事をしていないと不安」みたいなところがありました。しかし、このことに気づいてからは、遠慮なく仕事以外の自分の時間や家族との時間をつくれるようになりました。  

 時間をつくるのも、"考え方ひとつ"だと思いませんか?

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2001年1月 1日 (月)

Vol.21 『目先の"欲望"と"恐怖"に 支配されない環境づくり。』

 経営者や先生などリーダーとして人を導く立場にある人は、『どれだけ自己管理ができるか』がとても重要なポイントになると思います。自己管理とは、簡単に言えば『目標達成のためにやると決めたことを、きちんと実行すること』つまり、有言実行できることだと私は考えています。受験生なら受験勉強、やせたい人ならダイエット、営業マンなら営業活動を、『これだけやればゴールに到達できるだろう』というレベルで目標をかかげ、実行することです。目標と実行のどちらが欠けてもゴールには到達しないでしょう。

 しかし通常は、目標を決めてからゴールまでの間に、さまざまな感情が自分を襲ってきます。そのときの基軸となるのは、"欲望"と"恐怖"ではないでしょうか。例えば受験生なら、「ちょっと勉強をサボってデートに行きたい」という欲望と、「頑張ってはいるものの、本当に合格するのだろうか」という恐怖が常に襲ってきます。感情に支配される人は、そこですぐにくじけてしまいます。

 私もこれまでの経験として、目標を掲げた瞬間は「よし、やれる!あとはこの通りにやるだけだ」と奮起するのですが、日々時間が過ぎていくにつれて、その高い志が日常に埋もれ、いつの間にか感情に支配されているということがよくありました。その度に私は自己嫌悪に陥るのですが、なぜそうなってしまうのかを考えたところ、以下の2つの原因に行きつきました。

1."欲望"と"恐怖"という感情が、常に自分を支配しようと襲い掛かってくる事
2.そして、実は「自分はとても弱い」という事

 問題の原因が分かれば、対策は簡単です。要はゴールに達するまで軌道がずれない環境を積極的につくっていけば良いのです。つまり、タイムリーにチェックが入る環境づくりです。自分が弱く、だからこそ周りの協力が必要であることをお互いが認識していれば、その組織はとても強い力を発揮するのではないでしょうか。

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2000年12月 1日 (金)

Vol.20 『そう考えた"プロセス"と"根拠"を 説明することもサービス。』

 コンサルティングというと、「モノを教える先生の仕事」というイメージがあるかも知れませんが、私自身は常々「コンサルテーションを提供するサービス」であると考えています。「先生」と「サービスマン」の違いは、言い換えれば「指導する人」と「支援する人」の違いとも言えます。「指導」という言葉には、上から下に教える姿勢が感じられますが、支援は逆に下から上を支える姿勢です。

 その差が具体的にどういう場で出るか、一例をあげて見ましょう。

 例えば、先輩が後輩に仕事を教える際、要点や結論は教えるけども、いつもその「根拠」を具体的に分かりやすく説明するとは限りません。それはとてもエネルギーを要することであり、忙しい日常においてそんな余裕はないからです。また、理屈よりもまず実践してみて気づいていくことが大切だからということもあります。しかし、後輩にしてみれば判断材料を持っていないので、結論だけ言われてもどこか納得ができません。まあ、長期間かけてじっくりと育てていく場合は、それでも良いのでしょう。企業ではこういう風景はよく見られます。

 短期間で、後輩が自ら判断し動けるようになるためには、「どういうプロセスでその結論にたどりついたのか」をオープンにして、その根拠に納得してもらうことが重要ではないでしょうか。これは、口で言うほど簡単なことではありません。なぜなら、ベテランである程、いちいち根拠やプロセスなど考えておらず、全く無意識に行動している場合が多いからです。それだけに『プロセス・根拠を公開する』のはエネルギーがいることだと思います。

 これからのコンサルタントは、経営者に結論を提案するだけに留まらず、その結論に至ったプロセス・根拠にこそ充分な説明をしていくことが大切であり、そこをどれだけ相手の立場にたって行えるかが勝負なのだろうと感じます。プロセスを共有すれば、その後も臨機応変な判断ができ、経営スピードもアップするのではないでしょうか。

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2000年11月 1日 (水)

Vol.19 『記録を残すと、進化スピードがアップする。』

 オリンピックやギネスブックなど、数字を競う場面では、どんなに「スゴイ!」記録でも、やがて塗り替えられますよね。これを見ていて、ふと思いました。「もし、新記録を出した人が公表しなかったら、世の中はなかなか進化していかなかったのではないか?」

  誰も空を飛べるとは思っていなかった時代に、飛行機を開発した人はスゴイと思います。それが実現したからこそ、宇宙に行くことも考えついたのでしょうし、宇宙葬や宇宙旅行などというアイデアも湧いてきたのだと思います。なにごとも順序がありますが、そういうことを実現し、それを公表したことで、人間がもともと持っている『既成概念』を打ち破り、「できそうだ!」と確信させることができたのでしょう。

 これをビジネスにあてはめて考えてみましょう。私は常々、データ取りを継続することを自分に課しています。例えば、

 1)毎月の売上、経費、利益、キャッシュフロー
   
 2)コンサルティングやその準備に直接かける時間、
   および内容面の自己評価点数

   
 3)ネットワークづくりや自己啓発にかける時間、および改善したこと
   
 4)毎月読んだ本のタイトルと数
   

 その他、いろいろありますが、こういうことを記録していきますと、後で振り返ったときに、「まだまだ頑張らなきゃ!」と奮起できるのです。過去の自分と競争している感じです。このデータが残っていないと、「よく分からないけど、頑張ったハズ」と思い込み、踏ん張りが利きません。これを自分だけでなく、仲間と公開して競争すると、その成長スピードは相乗効果でもの凄く高くなると思います。この時、全体のバランスをとりながら成長していくことが大切ですが。

 もともと人間は不可能なことの方が少ないのかも知れません。でも、不可能に見えることを「可能だ」と心底思い込むことは難しいことです。だからこそ、誰かが実現したという『記録』が、不可能という勝手な思い込みを打破してくれるのかも知れませんね。

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2000年10月 1日 (日)

Vol.18 『心を積極的にする。』

 誰でも調子が良いときと悪いときがありますね。「最近、調子が悪いなあ」とか「いろんなことが後手後手にまわっていて、いやだなあ」と感じるとき、あるいは「スランプかな?」と感じているとき、どうしていますか?

  そのまま放っておいても、時間が経てば自然と調子が戻ってくることもあると思います。しかし、仕事の都合などで早く調子を良くしたいときもありますね。そういうときに私が心がけていることがあります。それは、『心を積極的にする』ということです。

 言い方を変えれば、『魂に火をつける』という感じでしょうか。私自身、これまでにその調子の良し悪しのブレに苦しんだ経験から実際にやってみたことを挙げてみます。

 1.自分の応援歌を聴く
   (私の場合、映画「ロッキー」のサントラや尾崎豊のアルバムなど)
 2.感動した格闘技のビデオを観る
   (プロレスやK1などが好きなので)
 3.クライアントの写真を見る
   (無条件で、頑張ろうという気にさせられる)
 4.過去に読んだ中で自分を前向きにしてくれる本を読む
   (予め推薦図書を決めておく)
 5.人と会って、話をする
   (調子の良い人と会って元気をもらうこともあれば、
   逆に落ち込んでいる人に対しては励ましてあげながら
   自分がちょっと元気になることもある)
 6.ギリギリまで何もせず、最後の最後に全力で「火事場のバカ力」
   を発揮する

 7.自分のことをよく分かってくれている人に現状を話した上で、
   いろんな視点で質問をしてもらい、頭を整理する

   (コーチングをしてもらう)
 8.過去にやりとりしたメールや仕事で作成した資料などを読み返し、
   これまでの自分の成長の履歴を振り返る

 他人を励ますことは割と簡単にできますよね。でも、自分で自分を励ますことは、かなり難しいと思いませんか。ある意味、自家発電のようなものですね。

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2000年9月 1日 (金)

Vol.17 『できるようになるためには、勉強だけでなく、 トレーニングをしなきゃダメ。』

 あるとき、「これだけよく勉強している経営者がなぜコンサルタントを必要とするのだろう?」と思うことがありました。いろいろなノウハウをよく知って見えるし、情報にも貪欲です。はたから見ると、コンサルタントを必要とするようには見えません。

  しかしある時、とても当たり前のことに気が付いたのです。   「100mを10秒で走るノウハウをいくら学んでも、それに基づいて実際にトレーニングしなければ、10秒では走れない」「トレーニングを続けるにはコーチが必要」 ということです。

 例えば、『時間管理』にしてもそうです。スケジューリングの手法や、仕事の優先順位の組み立て方、業務設計の考え方など、考え方は知っていてもやれていない、というのは、「トレーニングが足りない」のです。手帳に毎日計画や実績を書き込んだり、反省をメモしたりして、プラン・ドゥー・シーをするトレーニングが足りないのですね。  例えば、『新規営業』だって同じです。商談の流れやセールストークを考えたり、資料を準備したりして頭の中でイメージするだけで、少ししか訪問しないのではダメですよね。まずは一定量の実践を通じて、新規営業におけるお客さんとの間の緊張感や間合い、予想外の反応などを肌で味わってみることが何よりのトレーニングになります。

 トレーニングを続けるのには、苦痛が伴います。一人では早朝ジョギングやダイエットなどが続かないのと同じで、挫折しないための歯止めが必要です。そういうときに力づけ、あるべき方向に走り続けるよう支援するコーチの役目を果たすことも、コンサルタントの存在意義なのだと思います。

 スポーツの世界では、必ずコーチが選手に寄り添って、適切なアドバイスをしたり、力づけたりしながら目標に向かいます。経営者にもそのようなビジネスコーチが本当は必要なのではないでしょうか。

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2000年8月 1日 (火)

Vol.16 『良いと思ったら、まずやってみる。』

 コンサルティングは頭を使う仕事です。ある現象を論理的に考えて、解決策を導き出すお手伝いをします。そのため、自ずと理論でモノを考えがちになります。これは、大切なことでもあり、一方で恐いことでもあります。

 「やって失敗する」ことを恐れ、考えに考え抜いて、なかな先に進めない人をよく見かけます。私もどちらかといえば、そのタイプでした。もともと慎重な性格ですので、思い切った冒険はなかなかできないのです。しかし、自分の意図に関係なく周りの環境変化や人の影響などで結果的にそちらに進まざるを得なくなって、後手で結果的にそれを行うということもよくありました。その時思ったことは、「なんだ、結局やることになるなら、初めにやろうと思ったときにやっていればよかった。」です。

 ただ、何も考えずに、ただ動くよりは、「こう動けば、きっとこうなるだろう」という仮説や目標を立てた上で動いた方が、次からの学習効果は高くなりますよね。だから、動く前に考えることは当然大切だと思います。問題は、考え過ぎて頭でっかちになり過ぎると、一歩も先に進めなくなることです。

 変化のスピードが加速度的に早い今、私は「何年も前の経験や実績は、今から行うことの根拠には、必ずしもならない」「だから今から根拠をつくるんだ」と割り切って、「初めは小さく、すばやく、とにかくやってみる」を心がけています。経験して、感じたことをベースに次の展開を考えていけば、実態に即したアイデアも湧いてくるような気がするのです。

 このような発想で動いていると、スピードアップせざるを得ません。過去の経験や実績を疑ってかかるのは、ある意味効率の悪いことですから、それを補うだけのスピードと機動力が必要です。また、膨大なエネルギーがいります。だからこそ、「好きなこと」や「良いと思ったこと」が起点になっていることが、そのエネルギーを持続させるための大きなポイントのように感じます。

 できることなら、このような機動力・瞬発力は、いつまでも持ちつづけていたいものです。

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2000年7月 1日 (土)

Vol.15 『頑張らなくても済む"しくみ"をつくる。』

 仕事の仕方について、サラリーマン時代と独立してからとを比較して、自分の中で大きく変わったことの1つに「しくみづくり」を常に意識するようになったことがあります。サラリーマン時代は、上司や周りに依存する心があったせいか、はたまた視野が狭かったせいか、良く言えば「目の前の仕事に全力投球」悪く言えば「目先のことに一喜一憂」でした。一言で言えば「余裕がない中で頑張っている」状態でした。

  独立してからは「頼れるものは自分だけ」という緊迫した環境のおかげで、目先のことだけでなく、常に半年先・数年先を視野に入れて考えるようになりました。とは言うものの、独立したからといって、突然大幅に能力が高くなるというものではありません。そこで、私は、「余裕を保ちつつも、目標を実現するためには?」をいつも考えていました。

 その結果、私が今まで実践していることを少しご紹介します。

1) 理念・中長期ビジョン・単年度目標を紙に書いた(正月に作成し、GWに見直す)。
2) 過去・今月・来月の自分の動きをパっとみて分かるようスケジュール帳の書き方をビジュアル化して、理想と現実のギャップをわかりやすくした。
3) さらに、「どういうことにどれだけ時間を使うと最も理想的か」を予め設定し、それに近づける方針でスケジューリングを行った。(やりたいことを時間軸で測定する)
4) また、「自分が勉強・研究したいこと」にいくら使うべきかを予め設定し、それに準じて投資した。(やりたいことをお金軸で測定する)
5) 周りの信頼できる方々に、上記1)をお話しし、「やらざるを得ない環境」を作った。
6) 仕事机の前の壁に、「気づいたことや学んだこと」をポストイットにメモして貼り、ふっと一息ついたときに目に触れさせる仕事環境を作った。
7) 無理に頑張りすぎて体を壊すことを避けるため、「戦略的に」休みをスケジューリングした。(結果としての休みではなく、予め心身を休ませる日を確保する)

 これらは手間のかかることですし、試行錯誤でやっていましたので、慣れるまでは少し大変でした。しかし、1つ1つはそれほど時間を取ることではありません。何より、「自分がどう動けば良いかの根拠づくり」ができ、その上で迷わず全力投球できる環境ができたことで、精神的にはかなり楽になったことを実感しています。

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2000年6月 1日 (木)

Vol.14 『スピードを2倍にすれば、利益は何倍!?』

 『スピード経営』の重要性が日増しに高まっていることを感じます。理論上は、一定時間内に2倍の速さで考えて動けたら、2倍の成果が出るので、たとえば2倍の  売上が実現することになります。このとき、2倍のスピードで動いたからといって、固定費(例えば地代家賃や人件費の固定給分など)は2倍になることはありません。すると、売上が2倍になっても固定費は一定ですから、利益はとんでもなく大きなものになりますね。しかし現実的には、そうならないと多くの人が思っているようです。これは、なぜでしょう?

ある人は「そんなことは、単なる理屈でしかない」と初めから鼻にかけません。
ある人は「そのように動けたら良いが、現実的な手段がわからない」と言って諦めています。
あるいは「ウチは店を構えていて、待ちの商売だから関係ない」と言います。

  「本当にそうなのかな~?」と疑問に思います。

 以前、新規営業を行っていた私は、それまで「新規営業は1日に3件」と思い込んでいたのですが、アポの取り方・移動の仕方・商談トークの工夫・事前の根回しなどによって、2倍の6件を訪問できるようになったことがあります。商談の質を下げず、量が倍になりましたから、当然のように2倍の受注が可能になりました。具体的な手段は、1つ1つ工夫できる視点をリストアップして、書き出してみると意外とひらめいたものです。

 今でも、半年前に2時間かけていた仕事は今は1時間でやれるよう工夫しますし、やらなくても良い仕事(というより業務)はどんどん削って、本当に私がやるべき仕事に注力できる環境づくりに努めています。自分ひとりで動くことの限界も感じますので、外部ブレーンづくりのための時間も積極的に確保しています。息抜きの時間も必要です。そのためにも「2倍のスピードで考え、2倍のスピードで動く」ことが大切になるのです。仮にお店を持っている人でも、定型業務を倍のスピードでこなし、空いた時間を「顧客との対話」「従業員の育成」「将来構想を練る」などの戦略投資につかう意義は十分にあると思います。

  一度、本腰をいれて「スピード経営」に取り組んでみる価値があると思いませんか?

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2000年5月 1日 (月)

Vol.13 『感情で判断し、理性で納得する』

 『人間は感情の動物である』という言葉を聞いたことがあります。また、意思決定するときの80%以上は実は感情で決めている、といいます。昔は、その意味がよ く分かりませんでしたが、今はよく分かる気がします。

 営業のとき、以前は機能やメリットばかりを訴求していました。ある時期まではそれで良かったのです。しかし、今はそうでもないようです。特に高額で目に見えないサービスを提供する際には、もっと根本的な部分をきちんと訴えていかないと相手の心は動きません。独立して、とにかく動き回っている中でそれに気づきました。機能やメリットの話は、理性で聞いています。理性で聞いているうちは、「感情の揺さぶり=欲しいという感情」はあまりないと思います。なぜなら、モノ余りの今「必要なモノは、すでに持っている」からです。

 私の仕事(コンサルティング)は、目に見えませんので、それを提供しようとすれば、必然的に「こんな成果が期待できます」とメリットを訴求します。ただ、その前に「一言で言うと、どんなサービスなのか」「どういうスタンスでサービスを提供しているか」「他にはない特徴はどこか」などをきっちり伝えて、相手に「欲しい」と思って頂くようにしています。

 この「欲しい」と思って頂くことがスタートラインだと思います。つまり、「欲しい=買う」ではありません。欲しいと思っても、必ず理性が「買ってはいけない理由」を探し出します。防衛本能みたいなものです。仮に「ものすごく欲しい」と思っている人なら、「それが間違っていないと納得できる理由」を探し出します。つまり、背中を押して欲しいのでしょう。

 ここまで来てやっと、機能やメリットなどを要点のみ理論的にお話します。その人が「それを聞きたい」と要望しているからお話しします。要望していないときにお話ししても、単なる押し売りになるので、順番を間違えると大変です。(昔はその失敗をよくやりました)

 その人が意思決定権をもっていない場合は話が違いますが、当事者の場合は大抵はそんな感じだと思うのですが、いかがでしょうか?

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2000年4月 1日 (土)

Vol.12 『Eメール≒TELor面会、Eメール≠FAXor郵送物』

 IT(情報技術)というキーワードを新聞・雑誌で見かけない日はないくらい、ここ数ヶ月の情報化の伸展はすさまじいものがあります。そのベースにあるのは、インターネットの加速度的な普及だと思います。実際、今では私のクライアントはほとんどEメールを活用されており、ファイル送信なども自由にできるため、2年ほど前と比べると格段に業務の効率化とスピード化が図れています。
ただ、技術的にはかなり浸透しているようですが、文化的にはまだまだ初期段階かなと感じています。そのことを示す、ある経営者との会話をご紹介しましょう。

A社長 : 「最近、メールを使う人が増えたのは良いが、メールを送っても返事をしてくれない人が圧倒的に多いのはなぜだろうか?」
和仁 : 「確かにそうですね。おそらくそういう人は、メールをFAXや郵送物と同じ感覚で捉えているからではないでしょうか?」
A社長 : 「なるほど、そうかも知れないなあ。でも、メールを使いこなしている側からすると、メールを送ったのに返事が来ないと、"読んでいないのかなあ?"とか "無視されたのか!?"なんて、余計な気を使ってしまうんだよね(笑)」
和仁 : 「それは言えますね。メールが日常に溶け込んでいる人は、"メールは双方向なツールだ"と捉えていますが、そうでない人にしてみれば"FAXみたいな一方通行のツール"みたいに思っているような気がしますね。」
A社長 : 「なるほどねえ。でも、FAXだとわざわざ送信状をつけて、文面を書いてFAX番号をうって、と面倒だけど、メールなら"了解です"と一言書いて返信ボタンを押してもらうだけなんだから、そのくらいやってもらえると良いんだけどね。」

 その手段をどう定義づけるか、によって扱い方は違ってくると思います。面と向かって話しているときに相手の投げかけを無視する人はいないでしょうし、それは電話でも同様です。でも、FAXや郵送物が届いたときに「届きました」と連絡する人もいれば、しない人もいます。メールを前者と後者のどちらに定義づけするかの問題のように思います。

 皆さんは、メールをどのように定義づけしていますか?

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2000年3月 1日 (水)

Vol.11 『"感動"が人を動かす』

 人間は感情の動物である、という言葉を聞いたことがあります。私は、以前新規営業を行っていたころ、「まさにそうだな~」と感じていました。その当時、私は大して能力  のある営業マンではありませんでしたが、お客様の話をとことん聞き、自分の考えを熱っぽく語ることで、結果的に私を受け入れてくださり、受注につながったことが多々ありました。
 これは何も私が素晴らしいトークをした訳でもなく、お客様の利益を理路整然と説明したからでもありません。おそらく、「やけに一生懸命、熱っぽく話す若者だなあ。まあ、ここまで言うなら、信じてみるか」という感じだったのではないかと思います。

 モノ余りの現代、「感動できる機会」というのは、そんなに多くないように思います。ありきたりのモノでは感動はできなくなりました。だからこそ、モノよりも「感動できること」により価値が見出せる時代なのではないでしょうか。

 現在、コンサルティング契約をさせて頂いている顧問先の経営者には、志が高く、情熱的な方が多くいらっしゃいます。共通していることは、「ワクワクできるビジョンを掲げ、それに向かって突き進む過程で、周りを巻き込むパワーを持っておられること」です。

 「ワクワクできるビジョンを掲げる」のは、誰にでも出来ることではないかも知れません。しかし、経営者なら必ず持っているはずですし、それを忘れかけていたら初心を思い起こし再度掲げることが大切だと思います。従業員は、経営者のビジョンに感動し、それを具体的に日常で実践しながらいろいろなことに気づいて感動し、お客様に喜んで頂いたときに感動し、その結果自分自身が成長していることに気づいたときに感動し、さらなる意欲を持ちながら能力アップしていく、ということが理想的だと思います。そのサイクルをどれだけ速く回せるか、によって、企業の成長スピードが違ってきます。

 新規事業を始める時や、企画を練る際、「感動」を起点に発想することが、お客様に受け 入れられるための必須条件といえると思います。

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2000年2月 1日 (火)

Vol.10 『今月の仕事と並行して、"3年後の仕事"をやる』

 情報技術分野の仕事をしている人達から、"ドッグイヤー(犬は人間の7~8倍のスピードで歳をとることの例え)"なんていう言い方を聞くことがあります。技術環境の変化 がめまぐるしく速いため、ちょっと油断をしていると今の自分の得意分野の市場価値が急落 してしまうようです。新聞を読んでいても、たった1年でものすごい変化があります。情報 化の進展が、あらゆる業界の垣根を切り崩し、小売業が金融業を始めたり、家電メーカーが ネット事業に参入したり、まさにボーダーレスの競争です。

 このことは、コンサルティング業にも言えることで、パソコンがなかった頃はものすごい 手間を掛けて(その分のご費用も頂いて)いたことが、パソコンを使うことで、大げさでな く「あっと言う間」にできてしまうことが多々あります。

 お客様とのやり取りも、昔は面談時に行うか、郵送でしかできなかったことが、今ではメ ールを使うことでリアルタイムに近い状態で情報交換ができます。また、いろんな分析や資 料作成も昔はコンサルタントが自分で全て抱え込み、その分長い時間が掛かっていたのが、 今ではお客様に部分的にお任せすることで、何倍ものスピードアップが図れるようになりま した。

 つい3年前と今を比べてみても、私自身2~3倍程度は生産性がアップしていると感じま す。経験を積んだことによる能力アップ分を差し引いても、2倍近くは間違いなくスピード アップしています。スピードアップした分、さらに高付加価値なサ-ビスを追求できます。 これは、他の同業者にも言えることだと思います。

 以上のことを考えていますと、環境変化に対応し続けるためには、「今月やるべき仕事」 と並行して、「3年後に芽が出る仕事」を今のうちから手がけていくことが大切だと痛感し ます。いわゆる「研究開発」的な仕事です。私は年初に「今年の3大研究開発テーマ」を打 ち上げ、現在少しずつ取り組んでいます。

  皆さんは「数年後のための研究開発テーマ」を考えていらっしゃいますか?

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2000年1月 1日 (土)

Vol.9 『人は"欲しいモノ"を求めている!?』

 「欲しいモノは何ですか?」と尋ねられて即答できる人は、どれくらいいるのでしょうか。「あるに越したことは無いが、それなりのお金を払ってまで欲しいモノは  特に見当たらないなあ」という方も多いのではないでしょうか?それは、特に裕福だからなどという次元の話ではなく、「必要と感じたモノは既に手に入れていて、大して不満もないから」だと思います。

  私自身、新聞や雑誌や人から「こんな面白いモノがあるよ」と紹介され、その時関心があることと偶然一致している場合以外は、欲しいモノがあまり無いなあ、と感じています。

  ということは、「欲しくなるモノを提案してくれる人」は貴重な存在なのではないか、と最近考えています。欲しくなるのはそこになにがしかの"感動"があるからです。

 例えば100円ショップでファイルケースを買うのは、「え!?これが100円!」という感動があるからです。また、以前ある雑誌で1万円のじゃがいもの販売広告があったところ、複数の読者から購入申し込みがあったそうです。これは実は単なる誤植だったようですが、申し込んだ読者は「1万円のじゃがいもなんて、どんな味がするのかと思って」と言っていたそうです。この読者は、きっと「感動を求めていた」のではないかと思います。

 ここで1つ気づかされることは、「付加価値の高い商品が求められている」ということです。「感動を与えてくれる商品が求められている」とも言えるでしょう。仮に高額の商品で、お客様の当初の腹積もりよりも大幅に予算オーバーするような商品であっても、お客様にとってそれが"欲しい"と思ったら、多少ムリをしても買おうとします。欲しいと思い、そこに"感動を得られる"ことが見え、納得ができれば、お客様の予算はあってないようなものかも知れません。だから、「このお客様にこの高額商品をお勧めすることは気が引ける」という販売員の勝手な思い込みで、お客様の予算を先に聞き出し、それを大前提にして商品提案をすることは必ずしもお客様志向ではないように思います。このようなとき、予算は参考にこそすれ、前提条件ではないと思うのですが、いかがでしょうか?

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1999年12月 1日 (水)

Vol.8 『気が乗らない仕事は、"15分だけ"とりあえずやる。』

 仕事には、「何をさておいても、スグに着手したくなる仕事」と「できれば後回しにしたい仕事」があります。前者は、たいてい得意であるか好きな仕事ですが、後者は苦手分野もしくは何 かやっかいな要素を含んでいます。しかし、どちらも納期は決まっており、それまでに仕上げなく てはなりません。
客観的に考えれば、締め切り近くにバタバタしてやるよりも、余裕を持って手をつけておいた方 が良いことは間違いないでしょう。先手を打ってやっておけば、精神的な余裕もあり十分な検討も できますし、やっつけ仕事にありがちなケアレスミスも減ると思います。

 しかし、実際には「それは十分わかっているけど、やれないものだ」というのが本音ではないで しょうか?私自身、学生時代、夏休みにはギリギリになって宿題に追われていましたので・・・。
そこで、私がこのところ心がけていることを1つご紹介します。それは、

気が乗らない仕事は、"15分だけ"とりあえずやる

ということです。

効用として、以下のようなことがあります。

1) はじめから「15分だけ」と決めているので、ムリなく手をつけられる。
2) ちょっとしたすき間時間にやれる。
3) 15分という制約時間のおかげで、集中して取り組める。
4) 集中して取り組んだ15分のおかげで、それ以降もその課題に関するアンテナが張り、 その続きの仕事が楽になる。

 また、これを実際にやると、「15分を超えてしまったけど、調子に乗ってきたので、もう少しやろう」という気になり、気がついたら30分、60分、90分・・・とそのまま勢いで最後までやって しまうことも、しばしばです。結局、はじめる段階のエネルギーをいかに発揮するか、が鍵なので はないでしょうか。

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1999年11月 1日 (月)

Vol.7 『指導の際には、"対立"せずに"共有"する。』

 どんな職業でも、一定の経験を積んでいくと「人を指導・教育する」機会は増えていくものです。上司なら部下を、チェーン店本部のスーパーバイザーなら各店長に対して指導しますよ ね。このとき、教える側の方がストレスを抱えるケースが意外と多いと思います。大抵は「1つの 課題を解決するためには、それに関わる何倍もの課題を解決しなくてはならない」ため、はたから 見ているよりも本人にとっては大変だったりします。さらに「何度言っても、相手がわかってくれない」「こちら(指導者側)の意図を汲み取ってくれない」などと、お互いの意思疎通が図れていない場合は、その大変さは何倍にも増幅します。

 このストレスを軽減する方策の1つは、「"対立"せずに"共有"する」ことではないかと思いま す。"対立"とは、「あの人にどういう風に理解させようか、指導しようか」という発想で対応する ことです。"共有"とは、「あの人と自分の情報量を一致させた上で、一緒に解決策を考えよう」というスタンスです。つまり、指導者だけでなく、相手にも一緒に考えさせるということです。

 "対立"のスタンスでは、お互いが向かい合い、ベクトルがお互いに向かっています。この場合、そこになんらかの抵抗が働くため、課題の解決に全力を集中しにくくなります。お互いに「上の者が下の者に教える」的な発想になり、片方がひっぱろうとし、片方がぶらさがろうとします。

 "共有"のスタンスでは、お互いが横に寄り添い、ベクトルが同じ方向に向かっています。お互いがパートナーの位置付けで課題を共有化しているので、その解決に全力を集中しやすくなります。 つまり、指導者が情報量を共有するための情報提供は行うけども、そのあとは一緒に考えましょう、というスタンスです。

 いつもこの発想がベストとは限りませんが、自律的な組織づくりが重要である今、こういうスタンスも大切なのではないでしょうか?

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1999年10月 1日 (金)

Vol.6 『コミュニケーションの大切さ。』

 忙しいとき、幹部-社員間や社員-社員間のコミュニケーション量は一般に減る傾向に有ります。それがある期間続くと、それまでエネルギッシュに頑張っていた従業員の元気がなくなってきたり、ミスが多発したり、精神的な空虚間を感じたりする場合があるようです。しかし、 同僚同士、または上司部下間で考えを共有化する(簡単にいえば会話をする)ことで、再び生産性が高まることがあります。この時、「お互いに相手の状況に関心を持つ」ことがやる気を引き出 すきっかけになっていたり、信頼関係の醸成につながったりするようです。

 中小企業においては、

  1)従業員1人1人に、いかに経営者感覚(特に使命感とコスト意識)
を持ってもらうか

  2)どれだけ組織内のコミュニケーションを活性化できるか

が企業発展の鍵ではないかと、私はここ最近特に強く感じています。一般的に、1)については とかく指摘されやすいのですが、2)はあまり重要視されていないケースが多いように思います。

 しかし、多くの中小企業において、

社員同士、もしくは幹部・社員間の意思疎通を図る機会が少ない。またその必要性もお互い に感じていない。(仕事について、個人的なことについての話し合いの場がない)

ようであり、その結果、相乗効果を発揮するチャンスを潰したり、伝達ミスによるロス・やり直 しが頻発しているように見受けられます。この部分がきちんと円滑にならないと、何をやっても最大限の成果が発揮できないように思うのですが、一方でコミュニケーション活性化の特効薬も 見当たらないということで、2)の課題は後回しにされ続けてきたのかな、と感じております。

 コミュニケーション活性化の第一歩は、社内の「報・連・相(報告・連絡・相談)」を円滑に すること、特に単なる業務伝達だけではなくお互いに「意思疎通を図ること」だと思います。特に、部下からの「報・連・相」を待つだけでなく、上司の方からも一言声をかけてあげること で、より円滑なコミュニケーションが図れ、企業の生産性はさらに高まるのではないでしょうか。

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1999年9月 1日 (水)

Vol.5 『"モノ"より"人"への投資の方が効果が大きい。』

 お金の使い方ということが、企業経営においても私生活においても、ここ数年のテーマになっている気がします。なにせ調達が難しい訳ですから、「なるべく使わないように」という発 想になります。しかし、なんでもかんでも「使わない」訳にはいきません。例えば、小売店がチラ シ代を渋れば広告宣伝費が抑えられますが、それ以上に売上が落ちる恐れがあります。メーカーが 研究開発費をケチっていたら、近い将来存在価値が低くなると予想されます。サービス業が人件費 を削ろうと、首切りばかりやっていたら、そのうち雰囲気が悪くなり、お客様にそれが伝わり、や はり売上が下がるのではないでしょうか。

 一般的には、「形が見えないもの」への投資より、「形が見えるもの」への投資の方がしやすいと 思います。客観的に「金額」で価値がわかるモノは判断し易いのですが、難しいのは客観的な価値 が見えにくく、本人の「主観」で判断するしかないモノの場合です。その中でも「人」への投資は特 に難しくもあり、しかしうまくいけば期待以上の成果を生み出すこともあります。

 昔、あるレストランのアルバイト採用面接で、1人の学生が面接に来ました。彼はそれなりの経験があり、自分なりの接客ビジョンを持っていました。オーナーは「この人はデキそうだ!」と感じ、本来850円の時給を、「時給1,000円支払うから、この店のお客様に喜んで頂ける精一杯の接客をやって欲しい」と言いました。その当時、時給1,000円も払ってくれるレストランはそうはありませんでした。その学生はとても意気に感じ、オーナーの期待に応えようとあれこれ工夫しました。接客時にちょっとした一言を添えることでお客様に好かれ、高単価の商品の魅力をきちんと伝え、かならず食後のデザートを受注することで、客単価の上昇に貢献しました。

 時給が850円から1,000円に上がることは、大きなことのようですが、1日5時間働いた として、1日わずか750円の負担増です。しかし、それによって本人の意欲が掻き立てられて1 日で750円以上の利益を生み出すことができるなら、その方が会社にとってはプラスです。これ も1つの投資だと思います。人には「感情(信頼に応えたい、認められたいなどの)」があるので このような投資が可能ですが、機械などのモノには感情はありませんから当てはまりません。

 「人」への投資はできていますか?

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1999年8月 1日 (日)

Vol.4 『同じことを多角的に学ぶと、早く身につく。』

 学生の頃、特に大学入試の勉強期間中は、「社会人になったら、もうこんなに勉強することもないだろうな」と漠然と思っていました。しかし、実際に社会人になると、あの頃以上に勉強をする機会も量も増えました。ただあの頃と決定的に違うのは、以前は「与えられた範囲の中で、 がむしゃらに頑張れば良かった」のが、今では「勉強する内容も範囲も量も方法も、すべて自分で決めた上で、がむしゃらに頑張ることが必要」ということです。 すべておぜん立てされた環境で勉強することに慣れてきた私は、自分なりの勉強スタイルを確立するまで少し苦労しました。それが解消されたのは、「勉強する"目的"は何か」「それを習得し終 えた状態をイメージし、ワクワクできるか」を事前にとことん考えるようになってからのようです。そこで納得できなければ、途中で挫折してしまうので、まずはじめに考えるようにしています。

 ただ「やりたい勉強」とは言え、やはり勉強の過程においては苦痛も伴います。なかなか覚えられなかったり、分かったつもりでいて実は理解できていなかったり、堂々巡りしたります。しかし、「最近うまく理解するコツ」みたいなことが少し分かったような気がしています。



  1)同じことを、『いろんな人から』教えてもらう

  2)同じことを、『いろんな本や資料から』学ぶ

  3)同じことを、読むだけでなく、『書いたり、聞いたり、話したり』して覚える

 例えば、中学生が「減価償却費とは何か?」を理解しようとしたとします。参考書を読んで、定義はわかったつもりになっても、イマイチ納得がいきません。 人に聞いても、AさんとBさんでは少し説明のニュアンスが違っていて、やはりよく分かりません。2人共正しいことを言っているのですが、視点が違うため表 現が違うのです。そこで、一度、自分なりの解釈を人に話してみようと試みます。曖昧な理解だと、うまく話せません。話せても、間違いがあれば指摘を受けま す。自分では分かったつもりで話したのに、指摘を受けると少しショックを受け、脳裏に刻まれます。その繰り返しの過程である時気がつくとちゃんと理解でき るようになっています。

そう考えると、経営者がコンサルタントを雇って、普段社員に直接おっしゃっているはずのことをあえてコンサルタントを通じて話させるのは、道理にかなっているような気がしますね。

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1999年7月 1日 (木)

Vol.3 『人脈と情報は、公開するほど増えてくる。』

 以前勤めていた会社で、新規開拓営業に従事していた頃、ふと気がついたことがありました。それは、「人脈と情報は、公開するほど増えてくる」ということです。

 その当時、新規営業のため、毎日新しい出会いに恵まれていました。私は人との出会いが大好きですので、「ピン!」とくるAさんと出会うと、すぐに「Bさんに紹介してみよう」と、ご紹介の場を設けたりして、そこに何かが生まれることを楽しんでいました。しばらくこのようなことを続けていると、「Aさんと多少ご無沙汰していても、関係が途切れ難くなる」ことを発見しました。AさんとBさんが仲良しになることで、2人の会話の中で私が登場することがあるからかも知れません。Aさんと私が連絡をとっていなくても、Bさんと私のやり取りが続いていることで、結果的にAさんと私の接点が途切れずに済んでいるようで、久しぶりにAさんにお会いしても違和感なく会話が盛り上がったりします。そうこうして、結果的にネットワークが広がっていきます。

 情報やノウハウも同様で、友人に「こんな資料が手に入ったから、~の調査のときに利用してみては?」「こんなテキストを作ったのだけど、使える?」という具合にやることがあります。もちろん信頼関係の確立した相手に限ることは言うまでもありません。すると、それを見た友人が、「私だったら、こういう切り口でまとめるよ」「こういうことに関心があるんだったら、私もこういう資料を持っているから今度送るよ」ということになって、結局私の情報量が増えていく場合があります。このとき、私が差し出した「情報」と「"何かお役に立てたら"という気持ち」が「相手の情報を引き出すトリガー(引き金)」になっているのかも知れません。

 初めの頃は、「この情報はもったいないから、自分のところに止めておこう」とか「これだけ労力を費やして作った資料(ノウハウ)を人に見せて使われるのは損した気がする」などと量見の狭いことを考えていました(今でも時々は考えます)が、よくよく考えてみれば、普通の人なら「良いものを貰ったら、何か返してあげたい」「助けてもらったら、助けてあげたい」という貸借のバランス感覚を持っていますから、損するよりも得することの方が多いのも当然という気がします。

 もっとも、はじめからそういう見返りを期待して行うのはおかしな感じですが、改めて考えてみるとそういうものなのかな、と思うのですが、いかがなものでしょうか。

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1999年6月 1日 (火)

Vol.2 『目標が見えると、動きがよくなる。』

 この春、数週間の間ですが、私自身の気分が低下していた時期がありました。気分が低下していると、どうしても動きに表れ てしまいます。私のように人と接する仕事の場合、そのような波があることはあまり良いことではありませんので、強引に自分をコントロールしているのです が、1人になったときにその反動がやってきます。もっとも、これは人間である以上、ある程度は仕方がないことかも知れません。

  私は、このようなスランプ(と言って良いかわかりませんが)を脱出するときに、決まって行うことがあります。それは、「中期(3年)の目標と短期(1年) の目標を書き出すこと」です。自己分析しますと、私がこのような状態に陥るのは、「自分の今のスタンスが曖昧になるとき」が圧倒的に多いからです。つま り、目指しているゴールに対し、今どの位置にいるかが分からなくなってしまうのです。よって、一度立ち止まって、自分が目指している目標をありありと頭の 中に描き、それを紙に書くことで、自分が目指している状態(ゴール)を再確認します。そして、以前書いた計画をどこまで達成したかをチェックして現状を確 認し、ゴールまでたどり着くまでの道筋(行動計画)を月別に箇条書きで書き出します。

  そうしますと、現状を肯定した上で、今後なにをすべきか、が明らかになります。つまり、「先が見える」ようになります。私の場合、「中期目標」だけでは不 充分で、「短期目標」も常に意識しておかないとダメなようです。それも、「ワクワクできる目標」に向かっていることが大切です。 「ワクワクできない目標」に向かって頑張ることは至難の技です。

 計画の立て方・内容はケースバイケースで、詳細なモノを望まれる方もあれば簡潔なガイドラインのみ策定し、その都度臨機応変に進んでいかれる方もあります。いずれにしましても、「その目 指す先がワクワクできる世界かどうか」が非常に重要で、それが明確になれば"しめたモノ"だと思います。目の前に美味しいアメがあれば自然に頑張れるものだと思いますが、いかがでしょうか。

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1999年5月 1日 (土)

Vol.1 『人は、自分のことに一番関心がある』

 今月、人が書いた提案書をいくつか読ませて頂く機会があり、大きく分けて2つのタイプがあることに気づきました。1つは 「私(自社)はこんなことができるんですよ!(生産者志向)」、もう1つは「あなた(御社)は今こういう状況で、こうありたいと考えておられるのではない でしょうか。その願いを私(自社)はこんな切り口でこんなノウハウ・技術を駆使して、かなえてあげますよ!(顧客志向)」と訴えています。皆さんは、どち らの提案書に興味が湧きますか?

 基本的に人は自分のことや自分に 直接関係するもの(人・モノ)について最も関心を抱くと思います。ですから、何かを提案したり、企画するときには、その人(会社)の状況をまず理解して、 そこをベースに自分の得意技をいかに活用していくかを考えていくのが良いのではないでしょうか。

 このことは、商品が高 額であればあるほど言えることだと思います。例えば、それが予算を超え るような車でも、信頼している人が薦めてくれたとき、(商品は間違いなく良いモノな訳ですから) 結局買ってしまいます。また、20万円程度でパソコンを買いたいと考えてお店に行っても、店員がこちらの目的を120%理解した上で、具体的な活用提案を 含めて薦めてくれた場合、その周辺機器もすべて組み合わせて買ってしまうことがあります。このとき、「予算」は実は"あってないようなもの"なのですね。

  このようなとき、何を持って高い・安いと決めるかというと、実は『自分の満足度』を基準にしているのであって、「他の車(パソコン)の方が安いから」とい うことにはならないようです。最終的には、人がどう言おうと購入者が満足すれば良いのであって、それを売り手側が変に「この人にはこの価格は高いのでは」 などと気を回してはじめから諦めてしまうのは、どうかと思うのですが、いかがでしょうか。

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