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2008年12月26日 (金)

vol.117 『これは、ホントにいまのわたしに必要な我慢か?』

僕が手術したのも、間抜けな我慢をしていたせいなんだ。「マヌケなガマンはガンになる」と言ってね、間の抜けた我慢は病気の元なんだわ。間抜けな我慢を続けていると、どんどん調和がとれなくなっていって、バランスが崩れてしまうんだな。調和するには、適度な間がなければいけないわけよ。車のハンドルでも、ちょっと遊びがあるのは、間みたいなものでさ。今いる部屋の空間だって、間があるから成り立っているし、何事にも間というのは必要なんだね。間抜けな我慢をしないためには、間抜けということに気づかなきゃいかんのだけど、これが、当事者である本人はなかなか気がつかんのよ。人から見たら間抜けなことでも、本人は自分にとって価値があると思い込んで我慢しちゃうんだわ。

(『いま伝えたい生きることの真実』 竹田和平 著
生活文化社 P.32より引用)

わたしは15歳のころ、腹膜炎の手術で10日ほど入院しました。そのとき医者からは、「なぜここまで放っておいたんですか!あと少し遅かったら命が危なかった」と言われました。その原因は、数か月前から感じていた腹痛(実は盲腸だった)を我慢していたこと。「このぐらい大丈夫」という思い込みがあった。それまでも、わたしは「他人が諦めるところを、なお頑張るのが、カッコいい」という信念を持っていて、座右の銘は「Never give up」でした。

そして、入院当日も強風の吹く中、30分以上かけて自転車で学校に向かっていました。しかし、「我慢し過ぎて腹膜炎」で入院という出来事は、部活動も受験勉強もストイックにやっていたわたしにとって、大きなパラダイムシフトでした。

「我慢していいことと、いけないことがある」ことを、身体で覚えた瞬間でした。

自分の人生を一生懸命に生きている人だからこそ、休むことは、かっこ悪いことではない。 身体に十分すぎるほどケアすることはかっこ悪いことではない。 かっこ悪いどころか、その蓄積は、歳を重ねるほどに結果となって跳ね返ってくる。 つまり、人生を尻あがりに、カッコよく生きられるようになる。

30代のうちはわからないことがある。40代、50代、60代、70代の人たちと接しているうちに、「人生は短距離走ではなく、長距離マラソンだ」ということを実感する。 ちょっとツラくなったとき、深呼吸して自問自答してみよう。「これは、ホントにいまのわたしに必要な我慢なのか?」と。

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