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2008年10月 1日 (水)

Vol.114 『常識に騙されず、真実を見抜く。』

難関中学に合格させた家庭を取材して驚いたことがある。一応、子ども部屋はあるのだが、勉強は食卓でやらせていた家庭が多いということだ。「子どもが小学校の低学年時代は、どのようにして勉強したらいいかわからないものです。立派な学習机を購入し、小学校入学とともに子ども部屋を作って安心していると、子どもはどうしていいかわからず、つまずいてしまうものです。」中学受験で実績を上げている首都圏の進学塾関係者や有名私立小学校の関係者も異口同音にこう語っている。わが身を振り返っても、勉強はわかるようになると面白く、わからなくなると途端につまらなくなるものだ。

(『頭のいい子が育つパパの習慣』清水克彦 著 PHP文庫 P.55より引用)

上の話を読んで、来年小学校に入学する娘には、わたしたち親と「つながってる感」のある環境を保つ工夫をしようと決意しました。子供が大きくなると当たり前のように「自分の部屋」を与え、「学習机」を与え、そこにこもりきりにさせる。それが本当に両親が、そして本人が望む結果につながるのか?考えさせられるお話です。
この話にもあるように、わたしたちはどこかで世間の「常識」を当たり前と思い込み、望まない結果を招いていることがあるように思います。

わたしの例を1つご紹介します。数年前まで、わたしはパソコンに届くメールをすべて携帯電話に転送させていました。「メールはどこでも見れたほうがいい」「隙間時間を有効に使える」「そうすれば、帰ってからの仕事が減り、ゆとりが生まれるし、届いたメールの内容が気がかりだ、というストレスから解放される」そう信じていました。

しかし現実には、そうはなりませんでした。移動中、あるいはレストランで食事中、平日も休日も構わずメールが手元に届きます。さらっと読み飛ばせるメールもあれば、「けっこうヘビーなお願いごと」や「グサっとくるようなダメ出し」、下手をすると返事に相当なエネルギーがかかりそうな複雑系のメールまで・・・。それを見る度に、心がざわめきます。その結果、オンタイムもオフタイムもなく、否応なく心は緊張し続けていたのです。

そこである日、思い切って「1ヶ月だけ携帯の転送をやめてみよう」と決めました。どうしても不便なら、来月から再び転送させればいいのだから。すると不思議なことに、まったく困らないのです。それどころか、「パソコンに向かうとき以外はメールは見れない」という既成事実ができたおかげで、自分にどんなメールが届いているか、全く気にならなくなりました。つまり、パソコンに向かってメールを受信するまでは、マイペースで時間を過ごせるのです。「いつでも、どこでもコミュニケーションできることが便利」というわたしの中での常識に騙されかけていた。その常識は、わたしにとっては真実ではありませんでした。

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