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2007年3月 1日 (木)

Vol.95 『努力のベクトルは、それで合っているか?』

何をしたらいいかはっきりしない時には、何もしないことをお勧めする。次にすることがわからないのなら、有意義な行動の前に、見出すべきもの、あるいは学ぶべきことがあるのかもしれないからだ。そうした状況では、一歩下がって(ほんの一瞬でも)内面を向き、内なる大いなる力に導きを求めるのだ。その状況について何をすべきかといった自分の先入観をすべて手放し、より高い叡智が最善の結果を出してくれるように招くのだ。パニックを起こして行動したり、混乱や狼狽の中でただ座っていることがあまりにも居心地悪いからといって闇雲に何かをやってしまうと、何もしないよりましだと思ったためにかえって見逃してしまったことを見つけるために、自分の足跡を振り返ることになるだろう。もし何かしないではいられないのなら、心を安らかにさせることだ。それは何につけても大切な基盤に立つことになるから、正しい行動はついてくるだろう。恐れやパニックで行動する者は、単に闇を深くするだけだ。しかし、安らいだ心で行動する者は、内なる知という静けさからくる言葉や行動で、光を増すのだ。

( 『人生の答えはいつも私の中にある』 アラン・コーエン 著
KKベストセラーズ P.257より引用 )

頑張り屋で真面目な人ほど、自分を追い込んでいく傾向があります。「ここで妥協をしてはいけない」と思うのでしょう。ちなみに、わたしもその一人。しかし、「何事もストイックに自分に厳しくすべき、というものではない」ことを、わたしはある体験で学びました。
それは、あるリーダー研修のイベントでのこと。「お金や身分を証明するものを一切持たずに、東京から静岡を経由して、2日後に大阪の某所に集まれ。やり方は自由だ」という指令がありました。30人ぐらいの参加者はチームを組んだり、個人行動をしたり、動き始めました。わたしは自分の器の大きさ、交渉力を試すチャンスだと思い、「デパート内か駅近辺で見知らぬ人にお金を借りてグリーン車で悠々と移動する」作戦を立てました。
ところが、時間が経てど、まったくお金を借りられる見込みが立ちません。とうとう最終電車の時刻も過ぎてしまいました。翌日の昼までに静岡に到着するには、もはや深夜バスに乗るしかありませんが、グリーン車どころか、バス代すら手に入っていないありさま。
「あ~、もはやこれまでか。過去に脱落者はゼロだって言うし、コンサルタントの僕が一番に脱落、っていうのも恥ずかしいなあ~。どんな顔で、みんなに会えばいいんだろう!?」そんな絶望の思いでいたとき、参加者のひとりがやってきました。「今、知人にばったり会って、お金を借りた。バスなら2人乗れるから、和仁さん、一緒に行こう!」
わたしは一瞬躊躇するも、その好意をありがたく受け、後半の大阪までの道中は彼とチームを組み、恩返しすることに努力のベクトルを方向転換しました。結果、2日後には私たちは大阪に一番乗りで到着。大切なことは、「欲しい結果は何か」ということ。日頃の思考パターンに操られて、1つの方向だけで必要以上に頑張りすぎていた自分に気づいたのでした。

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