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2000年11月

2000年11月 1日 (水)

Vol.19 『具体的にイメージして、動く。』

「ある人間の移動距離の総和と、情報量の総和とは合致している」情報量をパワーと置き換えてもいいだろう。現在の私は2~3ヶ月に1回海外に出る。日本にいると社長室に座って話したり、支店に出向いたり、他社を訪ねたりしている。忙しいことは忙しい。だが、この範囲内での毎日の動きだけでは、仕事がマンネリ化し、固定化していく。ところが日本とは異なる海外という環境で仕事や情報収集をして帰国すると、なぜか元気になるのだ。老人が動かなくなるように、自ら行動を起こさなくなると、徐々にパワーを失っていく。新しい情報が入ってこないと、脳の活動が活性化しないのも事実だろう。

(『思う、動く、叶う!』 澤田 秀雄 著  
サンマーク出版 p.70 より引用)

 『動く』ためには、勇気がいります。特に初めてのことや苦手なことに取り組む時には、多大なエネルギーを要しますよね。年初に「今年はこれだけのことをやるぞ!」と息巻きながらも、結局先送りにして年末を迎えてしまうという経験はよくあるものです。
 なぜ、こうなってしまうのでしょうか?

 最も大きな原因の1つは、始める前に『具体的にイメージできていなかったから』ということです。例えば、「明日から1ヶ月ダイエットのため、マラソンをしよう」と決めたとします。それでも1週間もしないうちに挫折してしまうのは、きっと本気で決心していなかったか、もしくはマラソンしている状況を具体的にイメージできていなかったからです。

 『具体的にイメージする』とは、例えば、
 「水曜日と木曜日は、仕事で帰りが遅いので、朝起きてトマトジュースを飲んで6時から30分間だけ朝食前に走ろう。それ以外の曜日は帰りが早いので、帰宅後くつろぐ前にすぐにトレーナーに着替えて、夕食までの30分間走ろう。土日は調整日として、基本的にお休みとし、平日にサボった場合のみ走ることにしよう。そして、毎週末に体重計と体脂肪率計でその成果をチェックし、推移表に記録しよう。」ということです。

 私は前の会社で新規開拓のための電話営業(手持ちのリストに電話をかけまくりアポを取る)を行っていた時期がありました。これは精神的負担が大きく、つい先送りにしがちなので、月初にしっかりと電話営業の時間をスケジューリングに組み込み、1週間のリズムと業務の込み具合やアポの入り具合などを考えて、うまくアポが埋まるように設計するのです。

 『動く』ことの大切さは言うまでもないことですが、『実際に動けるための工夫』にも意識を向けたいものですね。

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Vol.19 『記録を残すと、進化スピードがアップする。』

 オリンピックやギネスブックなど、数字を競う場面では、どんなに「スゴイ!」記録でも、やがて塗り替えられますよね。これを見ていて、ふと思いました。「もし、新記録を出した人が公表しなかったら、世の中はなかなか進化していかなかったのではないか?」

  誰も空を飛べるとは思っていなかった時代に、飛行機を開発した人はスゴイと思います。それが実現したからこそ、宇宙に行くことも考えついたのでしょうし、宇宙葬や宇宙旅行などというアイデアも湧いてきたのだと思います。なにごとも順序がありますが、そういうことを実現し、それを公表したことで、人間がもともと持っている『既成概念』を打ち破り、「できそうだ!」と確信させることができたのでしょう。

 これをビジネスにあてはめて考えてみましょう。私は常々、データ取りを継続することを自分に課しています。例えば、

 1)毎月の売上、経費、利益、キャッシュフロー
   
 2)コンサルティングやその準備に直接かける時間、
   および内容面の自己評価点数

   
 3)ネットワークづくりや自己啓発にかける時間、および改善したこと
   
 4)毎月読んだ本のタイトルと数
   

 その他、いろいろありますが、こういうことを記録していきますと、後で振り返ったときに、「まだまだ頑張らなきゃ!」と奮起できるのです。過去の自分と競争している感じです。このデータが残っていないと、「よく分からないけど、頑張ったハズ」と思い込み、踏ん張りが利きません。これを自分だけでなく、仲間と公開して競争すると、その成長スピードは相乗効果でもの凄く高くなると思います。この時、全体のバランスをとりながら成長していくことが大切ですが。

 もともと人間は不可能なことの方が少ないのかも知れません。でも、不可能に見えることを「可能だ」と心底思い込むことは難しいことです。だからこそ、誰かが実現したという『記録』が、不可能という勝手な思い込みを打破してくれるのかも知れませんね。

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