2020年7月10日 (金)

Vol.255『無意識の他人への攻撃に注意しよう!』

新型コロナに伴う自粛要請などで、ストレスを感じている人は少なくないと思います。ニュースもネガティブな報道も多く、SNSでも正しさをぶつけ合っている人が多いように感じます。最近多いのが炎上騒動です。芸能人が槍玉にあげられる場合が多いのですが、誰かを標的にして叩いてストレスをぶつけているようにも感じます。もしかしたらみなさんの中にも、政府の対応や芸能人の失言、周りの人に反応して、イライラしてしまうこともあるかもしれません。
ここでて気をつけたいのは、ストレスのかかった環境が続くと、人は精神的にネガティブになりやすいこと。つまり、コロナの影響で仕事が思ったようにできなくなった人は、怒りや不満、抑圧感を溜め込み、無意識のうちに人に対して攻撃的な言動をしてしまいがちです。

例えば、いつもなら気にならない些細なミスが気になり始めます。自分がお客として接した店員の説明が言葉足らずでイラッとする。すると、それを相手が謝罪するまで追求したり、それがいかに問題であるか、くどくどと説得にかかる。場合によっては、相手がとっくに謝罪しているのに、「まだ自分の意図がちゃんと伝わった気がしない」と思い、延々と持論を述べ続ける。気がつけばクレーマーとして、その場の空気を一気に悪くする。抑圧されたストレスが日常のふとした時に爆発するのでしょう。本人は、気が晴れてストレスが少しは和らぐかも知れませんが、問題は「そういう言動はすべて相手や周りに見られている」ということ。そんなトゲトゲしい口調で攻撃する人、誰も相手にはしたくないでしょう。今は、お客がお店を選べるのと同様に、お店もお客を選べる時代です。SNSなど簡単に情報が共有される情報化社会では、その評判は良くも悪くも一瞬で伝わります。そうしてその人の周りからは、どんどん人が離れていきます。

ふだんなら攻撃的な言動をしない人が、この非常事態ゆえのストレスでトゲトゲしい感じになって、周りからの評判を落とすのはもったいないですよね。これはわたし自身も他人事ではないと思っています。ネガティブになりやすい環境を自覚して、自分の心の健康度に意識を向け、普段以上に愛のある言動を心がけたいと決意しました。ちなみに、わたしがストレスを感じて自分がトゲトゲしいなと感じる時には、いったん立ち止まり、自分の感情と向き合ってみます。
「自分は何に反応して、イライラしているのだろう?」
その感情をただ感じてみることで、少し冷静になります。これは我慢するのではなく、怒りは怒りとして感じます。ただ、その感情の出し方を調整しやすくなるという感じです。
試してみてくださいね。

 

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2020年6月25日 (木)

Vol.254『逆境を逆手にとって進化する、と決めてみる。』

歌舞伎の歴史は、江戸時代初期にまでさかのぼります。その起こりは女性芸能者・出雲の阿国によって始められた「かぶき踊り」で、最初は女性たちによる踊り中心の芸能でした。
「かぶき踊り」は庶民の間で大人気を博し、多方面に影響を及ぼし、様々な芸能を生み出します。女性たちによる「女歌舞伎」、遊女屋で広がった「遊女歌舞伎」、少年たちによる「若衆歌舞伎」。ところが、それらはいずれも「風紀を乱す」という理由で、当時の幕府に禁止されてしまうのです。<中略>そこで、次に出てきたのが成人男性を中心とした「野郎歌舞伎」です。「成人男性だけで演じるのなら、文句はないだろう」というわけです。
ただ、メンバーが男性だけですから、物語のヒロインも男性が演じなければなりません。
そこで「女性を演じる男性」である「女方」が生まれ、今の歌舞伎の原形ができました。
このように、歌舞伎の歴史とは、「お上から禁じられては、臨機応変にスタイルを変える」という苦難の歴史そのものだといえます。しかし、様々な制約を受け入れ、逆手にとった結果、「男性だけで演じる」という新しい演芸の形を生み出すことに成功したわけです。
「あらゆる逆境を乗り越え、成長の糧にする」、そんな反骨精神によって、歌舞伎は完成形へと近づいていきます。

 

(『教養としての落語
立川談慶 著
サンマーク出版 108頁より引用)

昨今の新型コロナがわたしたちの仕事や生活に与えた影響はかなり大きなものになりました。とりわけ、「行けない」「招けない」「会えない」というのは未体験な“制約”です。
ビジネスで粗利を生むための工夫には「価値を上げる工夫」「価値を伝える工夫」の2つが必要と伝えてきましたが、これからはそこにもう1つ「価値を届ける工夫」が必要になりました。たとえ「最高に美味しい料理」で、「その価値がきちんと伝わって」いても、それが「お客さんに届く手段がない」ならば、お店は粗利をつくりませんからね。
こんな時だからこそ、わたしは本書にあるように「逆境を逆手にとって」進化する道をたどりたいと考えました。たとえば、6月からスタートするキャッシュフローコーチ養成塾。
今までは東京と大阪の会場に20~30人が集合して運営してきました。しかし、「会えない」という制約を考慮して、今年はオンラインで提供します。そこで、オンラインになると、どんな影響が出るか、制約や特徴を具体的に考えてみました。

  • 開始前や休憩中などに、参加者同士が雑談をして仲良くなる機会が持ちにくくなる。
  • 画面越しだと胸上の顔だけで全身が見えず、顔と名前を覚えにくくなる。
  • 好きな場所から参加できるので、快適な椅子や香り、空間を自分の意思で整えられる。
  • 講師を全画面表示できイヤホンで聞けば、参加者全員が“最前列の感じ”で受講できる。
  • 画面全体に全員の顔が一覧表示され、お互いのリアクションがリアルタイムに伝わる。

ざっと、これらのことが思い当たります。そこで、これらの制約や特徴を逆手にとって、「オンラインで届けるからこその価値」を今年は追求すると決めました。またご報告します!

 

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2020年6月10日 (水)

Vol.254『オンラインのセミナーはリアルより価格が下がり、参加者も減るのか?』

オンラインZoomセミナーでコンサルタントから様々な相談を受ける中で、最近はコロナの影響もあり「オンラインで価値提供するには?」のテーマが多くなりました。
その中でもよく聞くのがこちら↓。

「オンラインのセミナーはリアル(会場開催)より価格が下がり、参加者も減るような気がして不安です。従来の会場開催なら、2時間で参加費5千円のセミナーに10人集まっていたのが、オンライン(生中継)だと参加費は3千円で、参加者も5人くらいになりそうな気がするんです。明確な根拠がある訳じゃないのですが、なんとなく、、、」

彼の相談は、多くのコンサルタントやセミナー講師の本音を代弁していると感じました。
しかし、別の考え方もできるとわたしは思います。そのポイントは、「比較対象の最適化」「オンラインならではの価値の言語化」です。オンラインだとリアルより参加費が安くなると感じる人は、無意識のうちに比較対象を「セミナーDVD教材」にしています。
これだと安くならざるを得ません。なぜなら、教材は「時間を共有せず、情報が講師からの一方通行なので、拡散可能だから安くなる」と認識されているからです。

しかし、10人限定のオンラインセミナーは事情が違います。場所はそれぞれ異なれど、時間は共有しているし、双方向性も確保できます。しかも、手元の資料を画面で共有するなど、リアルではできない価値を提供できれば、参加費を下げる必要はありません。そして、リアルと同等以上の価値が発揮できて、しかも場所を問わずどこからでも参加できるとなれば、むしろ参加者は集めやすくなる可能性もあるでしょう。しかも今は、コンサルタント業に限らず、一般の経営者にも「テレワークのためにはオンライン対応が必要」との認識が進み、むしろ避けては通れないという雰囲気すらありますよね。ならば「わたしのオンラインセミナーを2時間受講することで、副産物としてオンラインを体験して、自社での活用イメージをつかんじゃいませんか!?」という価値の伝え方もできるでしょう。「比較対象の最適化」と「オンラインならではの価値の言語化」で、選択するアプローチは全く異なってきます。
ここは脳に汗をかいて、価値を生み出していく時ではないでしょうか。

 

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